「よし、人参の皮剥き終わったぜ、リリス。次は何だ?」
食堂でユーリが食事当番でもないのに、準備を手伝っている。おそらく理由としては今日の当番にフレンが入っているので、彼の代わりに働いているのだろう。正確に言うとユーリの掃除当番と交代した、という感じらしい。まあ妥当と言うかそれが一番誰も傷付かない方法と思われる。
ところで話は変わるがバンエルティア号の食堂は、昼間の時間帯は自動ドアの電源を切っており常に開けている。それは朝からおやつの時間までの人の出入りが激しい時間帯、開閉が多くいちいち待っていられないという理由だ。朝・昼・おやつは勿論、リリスやロックス達は食事だけでなく各部屋の洗濯等も行っている為、少しでも時間短縮なればとなった。
別に、コソコソしようとしていた訳ではない。ただ単に、足が止まってしまっただけ。食堂の下準備中は船員達も遠慮してあまり入ってこない、他にも単純に依頼に出ている時間帯だというのも大きな原因だ。だから今食堂内はリリス・クレア・ロックス・ユーリと他に今日の食事当番であるカノンノの5人。全員料理に慣れていててきぱきしている為、全て順調に回っている。
なので仕方がなく食堂に来たというのに、ユーリが居るとは予定外だった。今日の彼は掃除当番だからと朝早く起きて待っていたら別人が来て、あれ? と思った後あれやこれやと手伝う事になってしまい、疲れて部屋に戻りすぐに二度寝に入ったのだ。そういう事はちゃんと事前に言っておいてもわらないと、予定が狂う!
そう妄想の彼方へ飛んでいた為、後方からの声にルークは大袈裟に肩を跳ね上げた。
「ルーク、こんな所でどうしたんです?」
あからさまにどもり、ルークは顔を真っ赤にしながらその場を逃げようとした。敏捷で負けているせいなのか場数の違いか、ジュディスは鼠を捕らえる猫のようにあっさりと襟首を捕まえてしまう。乱暴ではないが有無を言わさない扱いで、ルークを壁に押し付けて取り囲む。足でエントランス側へ行かないように位置取り、にっこりと例の妖しい笑顔で微笑まれた。この手の顔はジェイドで慣れているはずなのだが、慣れているからと言って抗えるかどうかは別問題なのだ。
「そんなあからさまにして、聞いてくれって言っているようなものじゃない?」
慌てふためくさまは、先程までの決意を紙くず同然にしている。そんなルークをエステルは不思議そうにきょとんと、ジュディスは面白がっているのだ。まずい、エステルだけならばともかくジュディスは絶対にまずい。そう頭の中でアラームが鳴り響く、がどう頑張っても逃げ出せそうにないのが現実。
「ああああの大罪人が変な料理作らないかどうか、おおお俺が見張ってやってんだよ! あいつすぐにムニエルだとかキノコのホイル焼きだとか作りやがってろくなもん出しゃしねーし食わねーと絶対席立たせてくれねーしほんとマジ舐めんなっつーんだよそもそも料理作るつもりなら食う奴の好みに合わせるのが当然だよな!? なのにあいつ俺の嫌いなモンばっかり出しやがって文句言いたいんだけど食ってみるとまあ全然食えないって訳でもないから本当に仕方がなく食ってやってんだけどでもそれならもっと美味いモン作れよって事で見張ってんだよ、分かるだろ!?」
ルークの苦労をあっさり無視して、エステルがずばり言う。そんな事一欠片も言っていなかったのに、どうしてそんな結論になるのか。……図星だったので、余計に狼狽えたが。
「だってこの前からユーリの事、ずっと見てましたでしょう? それに以前ユーリが食事当番だった時もルーク、今みたいに食堂前に居たじゃないですか」
やばいこの女サドだ! 紛うことなくジェイドと同じ人種だと察して、ルークはジュディスの足を飛び越えこの場を逃げ出そうとした。が、長い足が不意に上がってルークは蹴躓く。ごろりと廊下を転がったが、起き上がり逃げ出そう……とする前にざっくりと、ルークの白裾に槍が突き刺さった。
「ねえ、正直に言ってみたらどうかしら? 大丈夫、言いふらしたりからかおうなんて絶対にしないわ。私達の事、信用してほしいの」
ジュディスが面白そうに、エステルが真剣に。二人の顔が迫って逃げられない。というかジュディスは既に脅迫の域に入っていると思うのだが、彼女特有の妖しさからやんわりと真綿で首を締められているかのようだ。
ぶっちゃけて言うとルークは押しに弱かった。今まで散々自分が押していた分、押される事に慣れていない。なのでナタリアには逆らえた試しがない、因みに言っておくがそれは双子共々合わせての話なので勘違いしないように。
逃げられない、逃げても逃げても猛禽類のような瞳で睨みつけられがぶりとやられてしまうのだ。ルークは自棄糞半分諦め半分で、渋々と本音を口にし始めた。
「す、……す、す、す……スキュラソード……あぶね!」
ガツッ! とジュディスは槍の柄を傾け、ルークの顔真横の壁に当て突く。これは壁ドンもとい槍ドン、全く広まりそうにないロマンチックさ。朱色の髪を僅か巻き込んで、完全に縫い止められてしまった。
「す、……きだよ、仲良くしたいよ悪いのかよ! 笑いたきゃ笑え馬鹿野郎!!」
誰にも言わずにいようと思っていたのに、よりにもよってユーリの仲間達に知られてしまうとは。ああもうこれで終わった、地味にちょろちょろ後ろ姿を見ているだけの日々よさようなら、後ろ指を指され影でクスクス笑われる日々よこんにちわ。
「ユーリはちょっとぶっきらぼうな所はありますけど、とっても優しくて面倒見の良い人です。嫌いな相手でも困っている人を放っておけるはずありません!」
正直で純粋だからこそ、そのダメージは大きい。分かっていた事ではあるが、いざユーリの仲間から言われるとルークのグラスハートは粉々に割れそうだ、というか既に割れた。ショックで体が固まりじんわり目頭が熱くなっていくのを遮って、ジュディスがそんな訳ないでしょう、と優しく告げる。
「確かに彼は相手が誰であろうと結局手を貸しちゃう所はあるけど、でも自分から進んで関わろうとする事はそうないのよ?」
王族揃ってごくりと唾を飲む仕草は、これが作法なのかと疑うくらいそっくりだった。雛のように教えられる事を正直に信じてしまう二人を、ジュディスは微笑ましく感じる。
「それじゃ試してみない、彼が貴方の事をどう思っているのか」
人の心を試す、と言われるとルークの腰は引けてしまう。罪悪感は勿論の事、どう思われているのか知りたいような知ってトドメを刺されたくないような。予想の上ではどうせ酷い評判だろう、と思うくらいの自覚はある。
「大丈夫よ、いつも飄々として隠している本音の端っこをほんの少し教えてもらいたいだ・け」
猪突猛進なエステルの手綱を、ジュディスは上手くコントロールしている。彼女の暴走っぷりまで予想に入れるとは、ガルバンゾ仲間恐るべし。ルークはもう今回の件に、自分の意見が入る隙間は無さそうだ……悲しくも分かってしまった。
***
ようやくルークは意を決して、食堂へ入る。前々からドア前でこっそり窺う事は数あれど、直接前に出た事は初めてだ。ユーリの前へゆっくり歩きながら、心臓が爆発しそうなのを必死で抑えている。
「お、おい大罪人! 依頼にさ、さそ、さささ…誘ってやるから喜びやがれ!」
何時もの調子で続けようとすると、ルークの後頭部に何か降ってくる。カツンと地味に痛くてなんだろうと足元を見れば、オレンジグミが落ちていた。なんでこんな所にグミが? そう思っているとユーリから苦笑の返事が。
「悪いけどよ、今日のオレはフレンと交代して食事当番なんだわ。だからまた今度誘ってくれるか」
そう叫んでルークはドドドドッと食堂を脱した。一瞬期待した自分が馬鹿だった! ユーリはこの前からルークの好き嫌いをティア以上に無くそうと嫌がらせの限りを尽くしてくる。なまじ料理の腕が良いので美味く作れてしまい、そしてユーリ手作りという意味でもルークは涙目で嫌々嬉々として食べているのだ。
「駄目だ! やっぱ俺嫌われてるんだよおおおおっ! 依頼には断られるし嫌いなモンばっかり作りやがるしいいいいっ!」
エステルが立ち上がり、ルークの腕を引いてついさっき逃げてきた食堂へ舞い戻る。ロックス達はあまり気にしていないのか忙しいのか、ルーク達の不審な行動にあまり口を挟まない。今回ばかりは挟んでくれてもいいのだが、とルークはちょっとだけ思った。
「ユーリ! 私とルークもお手伝いします!」
エステルがやたらとやる気十分なのはいいのだが、ルークは気が重い。何しろ料理なんて、やった事が無いのだ。アドリビトムは当番制だが、ルークは自分の番になるとガイか誰か余分に呼んでやらせている。まさかそのツケがこんな形でやってくるなんて。
だが自然な流れで、ルークはユーリの横に座る事になった。じゃがいもとナイフを渡されて、怪我するなよ? と微笑まれる。それに頬が熱くなりそうで、ぐるんっと首を反対向けて回避した。
……が、やはり夢は眠らなければ見れないという事を嫌という程思い知らされる。
「あのなルーク、お前の気持ちは十分分かったし有難いんだが……。ちょっと向こうで豆の薄皮でも剥いててくれるか」
ルークの包丁さばきは散々なもので、芋は半分以上サイズダウンするわ自分の手を真っ赤に染めるわ、碌でもない。あまりやると赤いじゃがいもが大量発生してしまうので、ルークは刃物を使わない作業に移された。
そして一人離れて、ぽつんとそら豆の薄皮を延々と剥く。寂しくなってユーリとエステルを見てみれば、仲良く二人で和やかに談笑している姿。エステルも同じ王族だが、ギルドに入った当初から様々な日常作業を積極的にやっていたので、ルーク程酷くない。そしてユーリの手際は相変わらず鮮やか。 |