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一日の陽が落ちきった誰も居ない部屋の中、外から鍵を開ける音が響く。ほんの少しだけ寒気の足を見せる11月、空気がガチャンと言う鈍い音も大げさに鳴らす。ギギギと耳障りな悲鳴を上げて玄関が開けば、街灯からの影が侵入する。 入り口で鞄とビニール袋をドサリと落として、後手で鍵とチェーンを掛けた。空いた片手でポケットから携帯を取り出し、操作しながら靴を脱ぐ。シングル用の1LDKなので入ってすぐにキッチンなのは楽で良い、そう考えながらビニールから紙バッグに詰められたゴルゴンゾーラペンネを取り出してレンジに入れてボタンを押す。携帯を冷蔵庫の上に置き、手を洗った後昨日の残りのスープに火を掛けた。 バイト先からの余り物とコレでいいか、夕食はまかないを食べているが時間的に少し小腹が空いている。明日の講義を思い浮かべながら鍋の中を掻き回す。 思い出してリビングに入り、部屋の中心を陣取るコタツのスイッチを入れた。最近特に寒くなってきて、冷たいコタツが中々の拷問だ。それでもコタツが有るだけでも御の字なのは間違いないが。譲って貰った大学の友人に感謝する、行きたくもないコンパにバイト回数を減らして付き合ったという対価に見合う代物だろう。 瞬間、キッチンからメロディが鳴った。携帯からだ、早く出ろと催促している。 「へいへい、今出ますよっと……」 ディスプレイ画面を見れば、見た事の無い番号。眉を潜め、また誰か勝手に自分の番号を渡したのか訝しむ。時々あるのだ、友人が勝手に番号を教えている。勿論親友はそんな事をしないのだが、大学からの友人は結構簡単に教えてしまうらしい。相手は大抵会った事の無い同じ大学の女の子だったり、コンパで一度だけ会った子だったり。以前友人に文句を言ったら、逆に何故お前の番号ばかり俺に聞かれるのか! と逆切れされてしまった。知るかよ……と呆れて言えば昨夜の惨敗を切々と語られる始末、これだから面倒くさい。 少し考えて、出ない事にした。放っておけば切れるだろう、そう判断してクツクツ温度が上がってきた鍋をかき回す。皿を用意して火を止め、レンジからペンネを取り出した。その間にもメロディは鳴り止まない。適当に盛って、キッチンミトンで両方を手にコタツへ運んだ。冷蔵庫から作り置きの茶を取り出してコップに注ぎ、スタスタと戻る。着信は中々諦めない、頑張るもんだと他人事の様に思う。 しかしプツ、と切れた。やれやれそれじゃ夜食を頂くとするか、先割れスプーンを手にペンネを突き刺した瞬間、またけたたましく着信が響く。 「……何だってんだ」 立ち上がって見に行けば番号は先程と同じ、今度も中々切れそうにない。しかしこう粘るのならば何か別件の用事なのかもしれないと思いつく。明日の講義の変更だったりしたら確かに困るが、メールでも事足りるだろう。自分は夜大抵バイトを入れているのは知られている、連絡は専らメールで頼んでいるのだ。 訃報を伝える家族ももう自分には居ない、事情を知る人間ならばそれこそ心得ている筈。なので着信を進んで取りたい気持ちはあまり湧かない。だが万が一、という事も。仕方なく手に取り、電話を繋ぐ。その瞬間向こうから大声が響いた。 「コラテメー! 何で無視しやがる、さっさと出ろよ!」 「はいはい、すみませんでしたっと……。それで、どちら様?」 相手は男だが、聞いた事の無い声。音量が大きい上に地声が高いのか場所が悪いのか、耳にキンときて所々ノイズが入る。これで一体何の用事だと言うのか、フローリングの床を避けてコタツに潜りながら耳を傾けた。 「喜べ、お前の願いを叶えてやるぞ」 「あ、そういう勧誘は間に合ってるから」 プツッ、と切った。今時珍しいくらい直球だった、感心してしまう。あのワードを入れて聞く人間が居るのだろうか、にしてもちょっと下手すぎるだろ……と妙な哀れみを感じた。気を取り直して夜食を食べ出すと、また着信が。チラリと見れば番号は当然同じ、あれで諦めずもう一度掛けてくるとはある意味すごい。 ノルマがこなせずヤケになっているのだろうか、声だけでも態度が大きそうに感じた。しかし自分はそれ程優しくないぞ、と思いながらもずっと止まないのは困るなと考える。拒否設定にしてもいいが、まぁもう一度だけ付き合ってやってからでもいいか、と妙な仏心が出た。ああいった突飛な言動も偶になら面白いかもしれない、そう思って通話を押す。 「てんめぇー! 切るんじゃねーよ! 俺をくっだらねー勧誘と一緒にすんな!!」 「ちょ、耳元で怒鳴るなって。はいはい悪かった悪かった、それで何を買わせたいんだ?」 「金には困ってねーっつの、そーじゃなくてお前の願い事だよ!」 「あー……、宗教ならもっとお断りだ」 そう言ってプツリと切った。物売りならともかく宗教は面倒くさすぎる、さっさと拒否にしてしまおう。しかしタイミングを図ったようにまたまた着信が、番号はやはり同じ。少し考えて、これが最後だなと決めてボタンを押す。 「おーまーえーなあああああ!! いいから、俺の話を聞きやがれっ!!」 「いや、どう考えても怪しいだろうが。タダより怖い物は無いって言うだろ」 「人間のしょーもない話と一緒にすんじゃねぇ! お前は黙って願いを言えばいいんだよ、何か一つや二つあんだろ?」 「まぁ無い訳でも無いけどよ、見ず知らずの奴に叶えてもらおうとは思ってねーし」 「あんだよ、人間は欲深で後先考えない馬鹿なんだろ? いいからサクッと叶えてやるから、とにかく名前を教えろ」 「おい、あんたさっきからメチャクチャだぞ……。悪いけど、オレも暇じゃないからそういう遊びは他所でやってくれや。んじゃ切るぞ」 「ままま待てよ馬鹿! 選び直しは出来ない事になってんだから、切るんじゃねぇ! あーもー! 何が不満なんだよお前の願いを叶えてやるっつってんだぞ!?」 「あのな、今までの会話でどこに信用できる要素があったよ……。大体そっちだって名乗ってないだろ、そんな奴に教える名前は無い」 「さ、先に名乗ったら駄目なんだよ……!」 「それこそ知ったこっちゃねーな。名乗りくらい最低限の礼儀だろうが、そんな奴相手にしてやる義理は無い。んじゃ切るからもうかけてくんなよ」 「あー待て待て待てって! マジなんだよ、先に名乗ると縛られちまって制限されるんだ! それじゃお前の願いだって叶えられなくなっちまう!」 「別に叶えなくていいだろ、オレは困ってないし」 「俺が困るんだっつのおお!! お前を選んだからには、やり直しは許されないんだよ!」 「んな事知るか。諦めて上司に怒られてくれ、んじゃな」 「分かった分かった分かったよ! 名乗ればいいんだろ名乗れば!? ルークだよ、ルーク・フォン・ファブレ!! オラ名乗ったぞテメーも名乗れちくしょう!!」 「……はいはい、ルークお坊ちゃまね」 勧誘かと思ったらただのイタズラか。名前的にどうやらどこか良家のボンボンらしい、不遜な態度も説明がつく。しかしこの時間からイタズラ電話とは、良家のモラルとは一体。ふぅと溜息を吐いて、電話口でもうるさい音量に眉をひそめる。 「ユーリだよ、ユーリ・ローウェル。もういいだろ? 満足したならもうかけてくんなよ」 「よし、ユーリ・ローウェルだな! 今行くぜ!」 「は?」 突然、プツリと切れた。訝しんでディスプレイを見れば画面は通話が切れており、不思議に思っていればすぐ横に光る円が現れる。 「……なんだこれ?」 そう口にした瞬間、答えるように眩い光が部屋全体を覆う。あまりの光量に目を瞑り手で遮る、目の前から風のような質感を感じさせる何かがユーリの体を通っていく。甲高い子供の様な囁き声が耳を触り、部屋の温度が急激に下がった。プツ、とブレーカーが落ちたのかテレビの音が切れる。天井の照明がチカチカと鳴って明滅し、完全に暗闇に黙った。不自然に灯りが消えた部屋の中、目の前の光の輪だけが煌々と輝いている。ユーリは驚きながらも顔を上げ、それを呆然と見つめた。 「一体、なんだってんだ」 声に反応したのか、光の輪が震え出す。少し上に上がって、くるくると回転し始める。円の中は光が零れていて真白い、一体何が始まるんだと思えば、その円から靴の先が現れ始めた。 赤い靴、黒いズボン、白い裾……。人の形をした何かが、ゆっくりとその円から出てくる。ふわふわと風が吹き込んで、朱色から薄まった毛先の金色が背中に散らばった。輪郭は人間だが、全体が半透明に光り輝いて視覚をブレさせる。目を細めて見ようとしても、どうやってもピントが合わない。頬に掛かる白襟に、瞳を瞑って現れた顔。見た目は若いが、子供という程でも無いようだ。 体全体を出現させ、光の輪の回転が止まった。そして輪がぐんと広がって、現れた体全てをコーティングするように包み込んで上から下へと降り、最後に小さくなって足元へ消える。輪が通った部分から輪郭の色が落ち着いて、まるで普通の人間のような色合いに。ふわふわと空中に遊ばせた体がゆっくりと床に足を着け、重力を思い出したように白い裾や長髪がぱさりと落ち着いた。 同時にプツプツと音を立てて、照明とテレビが復帰する。忘れていた現代的な音声がユーリを正気に返す。目の前の人間は朱い瞼を震わせて、ぱちりと目を開けた。エメラルドグリーンの瞳がキラリと輝き、口元がニヤッと笑う。眉が跳ね上がって、びしりとユーリへ指を突きつけながら電話口で聞いた声が上がった。 「俺はルーク・フォン・ファブレ、テメーの願い事を叶えてやる精霊様だ。さあ言ってみろ、一つだけなんでも叶えてやる!」 ユーリの眉根は思い切り寄った、顔には出さず混乱する。いきなり目の前に現れた青年、見た目も態度も妙に派手。しかし声と今の言葉から、先程まで電話で会話していた相手だというのは何となく分かる。流れ的に分かるが、意味が分からない。入ってくるならば通常玄関からだろう、いくら泥棒でもこんな侵入の仕方はすまい。ユーリは自分を落ち着けようと、一旦頭を抱えて改めて目の前の青年を見た。 「あー……、えっと。どういった手品だ?」 「手品あ? なんだそれ。ってかさっさと願い言えよ、何でもいーぞ」 「いやいやいや、お前どっから入ってきたよ? 泥棒にしてもちょっと斬新すぎんだろ」 「はぁ? 俺をケチな盗賊野郎と一緒にすんじゃねぇ!」 「家主の許可無く入ってきてどう違うってんだ」 「何言ってんだ、お前許可しただろ。だからこっちに降りてきたんだろーが」 「……何だって?」 「名前言ったろ、ユーリ・ローウェル。名乗る事で契約だ、当然だろ?」 「サインも無しで成立してたまるか、クーリングオフだクーリングオフ!」 「くーりん・ぐおふ……? お前何言ってんの、頭大丈夫か」 「こっちのセリフだ! ったく何なんだ、何が目的なんだよ」 「さっきから言ってるだろ? お前の願いを叶えるって、頭悪いなお前ー」 流石にユーリはピキリときて、イライラしながらこめかみを揉んだ。やたら態度のでかいこの精霊サマとやら、人の家に土足で不法侵入をかましておいてこれだ。どうやって入ってきたのか理解できないが、あまり付き合っても良い事は無さそうに見える。それにしたって押し売りならばもう少し言葉と態度があるだろうに、まず常識が無さそうな相手にバイトで疲れた疲労がドッと広がった。 「そーかい、んじゃオレの願いはあんたが今すぐ靴を脱いで家から出てって二度と関わらないでくれってので頼むわ」 「一つだけっつってんだろ、それじゃ三つになっちまう。ってかそれ願い事じゃねーし! もっと心の底の願いを言え!」 「今心底そう願ってるっての。んじゃ今すぐ帰れ、はい終わり」 「全ッ然心底じゃねーっ! そーいうの俺分かんだぞ、嘘の願いは叶えらんねーんだよ! ちゃんと真面目に考えろ!」 ぎゃんぎゃんと大声で喚くので、隣の壁からドンッ! と抗議が来る。それにユーリは溜息を吐いて、とにかく靴を脱いて静かにしろと言う。不満そうにしながら目の前の青年は靴をぽいぽいと脱ぎ捨て、ボスンとその場に座り込んだ。口元がヒクついて、額に血管が浮かびそうになるのを精一杯我慢した。ユーリは投げ捨てられた靴を手に玄関へ行き、それを並べて置く。コップにお茶を注いで、戻ってきてテーブルに置いた。ほらよ、と言って押し出すと礼も言わずゴクゴクと飲む。 「……うげぇ、まずい。何で色付いてんの? 変な感じすんだけどコレ」 「普通の茶だぞ……。ジュースとかじゃないと嫌ってんなら自分で買ってこい」 「いらねー、ってか早く願い事言え。それが済めば帰るからよ」 「……なんでオレの願いをあんたが叶えるって話になるんだ? いくらなんでも怪しすぎて言う気にならないな」 「ルークだ、あんたなんて名前じゃねー」 「へいへいルークお坊ちゃん。どこのどなたに何て言われて来たんだ?」 「馬鹿にすんな! これは通過儀礼の一つなんだよ」 「どこの通過儀礼だよ……」 半分を残したコップをガタンと置いて、ルークがむっとした顔で睨みつけてくる。迫力もクソも無いその表情に、ユーリは胡乱な瞳を隠さずに向けた。 「……人間の願いを叶えて、徳を上げるんだ。そんで父上達に認められれば、やっと独り立ちできんの」 「はぁ、さいでっか……。お坊さんか何かか?」 「……? 坊主が何で出て来んだ」 「……ちょっと聞くけどお前……、ルークって人間……な訳ねーよな」 「人間と一緒にすんな、俺は精霊だぞ」 「あー……、精霊サンって、あのゲームとか本の奴か?」 「げーむ……? げーむ界? 聞いた事ねーな、どこの次元の界だ?」 「悪い、もういいわ。多分聞いても聞かれても分からん」 ユーリは手の平を向けてルークの声を止める、頭が痛くなってきた別の意味で。この現代社会で突飛なファンタジーに、これは夢かドッキリかのどちらかと願う。精霊サンが、突然やってきて、願いを叶える。最初に思い浮かんだのは某ネコ型ロボット、未来の祖先から送られた例のアレだ。しかしあれは二次元の世界だけの都合の良いお話で、この歳でそれが現実になった! などと喜ぶ夢見人でも無い。 どちらかと言えばそう、願いを叶える代わりに魂を奪い取っていく悪魔系。あっち辺りの方がまだ現実らしくはないか、どっちもどっちだが。どちらにしても、簡単に応えては良くない事しか起こらなさそうだった。 ユーリはぱくぱくと夜食を片付け、皿を空にしてルークの方を向く。 「あー……、特に叶えて貰いたい事は無いからパスで。どっかで困ってる奴らを相手にやってくれや」 「だーかーら、もうお前を選んで契約してっから、譲渡とかパスとか無しなんだよ」 「そう言ってオレの命とか魂とか取るってんならお断りだぞ」 「精霊が人間の命なんか気にすっか、そんなんじゃねーよ。テメーはただ叶えて欲しい願いを言うだけでいいんだ、簡単だろ」 「今の言葉取りようによってかはかなり物騒だぞ……」 願い事ねぇ、そう言われてユーリは思い浮かべる。勿論無い訳では無い、本音を言えば金があれば困らない。けれど出処の分からない金というのも正直不安だし、心のどこかで罪悪感が付きそうで嫌だ。それなら自分で稼いだ金を遠慮無く使う方がいい。どうあっても一般小市民の自分としては、即金的な考えは否定してしまう。けれどそうなると叶えて欲しい願いという物が……、唸りながら考え始める。 「スイーツ食べ放題の店の、一年無料パスとか」 「なんでパスなんだよ、金でいいだろ。よしパーッと1兆くらい出すか!」 「止めろマジで止めろ! 絶対に出すなよ、金は無しだ!」 「えー? 人間は金さえあれば命だって差し出すんだろ、本に載ってたぞ」 「どこの本だ! とにかく金は無し、オレの願いじゃない」 「ちぇ……、めんどくせぇ。んじゃ何がいいんだ、早く言え」 「態度でかいなお前は……、言えば帰るんだよな?」 「おう、ちゃんと心の底からの願いだぞ」 「んじゃ世界平和」 「十分世界は平和だろ、明日地球が割れる訳でもあるまいし」 「極端な規模の平和だな……。うーんそれじゃオレの奨学金払ってくれ」 「だから、金出しゃいいだろうが! オラ1億出すぞ!」 「やめんかああっ!」 ガンッ!! と一際大きくまたお隣さんから抗議の音が。それに慌ててユーリは自分とルークの口を塞ぐ、むががと暴れるが大人しくしろ! と音量を落として叱りつけた。 「お前本気でオレの願い聞く気あんのか……、さっきから適当すぎんだろ……」 「ユーリがさっさと言わねーからだろ、叶えたら俺だって帰れんだからよ」 「って言っても、無いんだからしゃーねーだろうが」 「無いわけ無いだろ、人間は欲望の権化だってジェイドが言ってたんだから」 「……一括りにすんな、人間にも色々居んだぞ」 「……そ、そうか……」 何故か急にしゅんとして、大人しくなる。おや、と思って見ればバツの悪そうな顔に。さっきのどこに引っ掛かったのか分からないが、どうやら悪いと思ったらしい。いきなりのトーンダウンに、ユーリの肩が下がる。 「悪いけど、オレは野望は無いが考え無しに飛びつく事も無いただの一般市民だからな。そんなすぐに思いつかない、どうしてもってんなら帰れって願いがそれだ」 「……それじゃ駄目だ、もっと深いのじゃねーと……」 「何でそう拘るんだ? 人間の願いなんてどれも一緒なんだろ、お偉い精霊サマが気にする事かよ」 「全然ちげーよ、その、……徳の大きさがちげーの」 「それじゃ人間選び直せとしか言い様がねーわ」 「何度も言ってんだろ、選び直しは駄目なんだって」 「知るかよ、ああもう……。オレは明日も大学あるからもう寝る。お前さっさと帰るか他の奴見つけろ、分かったな」 「絶対帰らねー、お前が言うまで居座るからな!」 「好きにしろ、ただあんま大声出すなよ、またお隣さんからうるさく言われる」 「……わーったよ、くっそなんで俺が人間の言う事聞かなきゃなんねーんだ……。やっぱ先に名乗るんじゃなかった」 ブツブツと何やら文句を言い、その場でぼすんと寝転がる。コタツに入ればいいものを、わざわざ出なくとも。まぁスイッチは切るのだが。ユーリは立ち上がって食器を流しに置いて洗い、明日の食材をチェックして部屋に戻る。服を着替えて部屋の電灯を消し、隅のベッドに入った。 普段一人しか居ないこの部屋に、他人の気配。親友の時と違い、妙な気まずさ。自分の家で自分の部屋だというのに、何故こんな気分にならなければならないのか。どこか理不尽に落ち着かない気持ちを無理やり押さえつけて、ユーリはひたすら目を瞑って耐えた。 |