還りの門は暁け色に輝く








epilogue
 バンエルティア号船室、一室にジェイドとヴァンが書簡を手に読んでいた。その報告書から顔を上げて、ジェイドは眼鏡を外して目頭を軽く揉む。隣のヴァンへ紙束を渡して、直ぐに掛け直した。ヴァンもその書類に軽く目を通した後、ふっと声無く笑い同じような反応。深い溜息を吐いて、二人以外居ない部屋を気遣って声を潜めた。

「やっとアッシュに、良い報告が出来そうですね」
「ああ、知っていて言えないのは中々身が千切れる思いだったよ」
「仕方ありません、陽動したのがどちらの派閥だったか調査が困難でしたからね。下手に情報を漏らす訳にいきませんでした」
「分かっている、しかし事が知れれば……あれは相当怒るだろうな」
「そうですか? 私の見立てだと上手くいきますよ。本心では仲が良いですからねあの双子は」

 国の治安が安定してきて、近日一時帰還の命を受けている。その時の反応が目に浮かび、二人揃って笑った。

「ふっ、そうだな。ならばライマの未来もそう心配する事はあるまい」
「それにしてもうちのお坊ちゃまには困ったものです、生きてても死んでても気を揉ませる天才ですよ」
「死んでないだろう、ただ目覚めなかっただけだ」
「けど生きてもいませんでした、すずからの報告が無ければ植物状態と診断されて本当に死んだ事にされる寸前でしたよ。それにしてもまぁ、あの子の寝汚さは確かに何時もの事ですが……我が耳を疑いました」
「早速叱るいい理由になったじゃないか、それで良しとしよう」
「はいはい、貴方って案外弟子馬鹿ですよね」
「貴公に言われたくないがな……」

 お互い目を逸らして、また苦笑する。もうすぐこの部屋に帰ってくる二人に、何と言ってやろうかと密談を交わす。何しろ二人には言葉で伝えた事しかなく、実際その姿は見ていないのだから。きっと国で眠る彼の世話をしている使用人も協力してくれるだろう、急に今から楽しみになった。



*****

 ディセンダーも帰還して数日、ライマに一時帰国していたアッシュ達も帰って来ていた。エントランスに出たユーリはその姿を目に止める、ライマ国内はもう問題無いらしい、外交という箔付けにまたギルドで働くだとか声が届く。
 関係者とは言えあくまで直接は関わっていないユーリは、実際あまりアッシュ達とは話さない。エステルやフレン達の方が仲がいいくらいだ。アッシュの理想を追い求める厳しい姿勢が、好ましくも自分の性格に合っていないからだと自分で言い訳する。むしろあの兄の方が話は合ったかも、なんて今更ながら思う。
 アッシュとナタリアのぎこちなさが取れていく話を、又聞きで聞くユーリはそれだけで満足した。ディセンダーが世界を救ったあの夜明けから、生きとし者の全てが前へ進んでいる。
 それなのに、どうして自分は足が重いのか。我ながら分かりやすい不可解だと自嘲した。

 ティアやナタリア達が先に部屋へ戻り、ジェイド達は科学部屋へ。アッシュも戻ろうと足を進めた時、丁度ユーリと目が合う。素通りされるかと思ったが、何時もの足取りで近付いて声を掛けてくる。意外だな、そう思いながらも返事を返した。

「よ、ライマはどうだった」
「まぁまぁだな、これから忙しくなる」
「そうか、……良かったな」
「……そうだな」

 互いに饒舌な方ではない、なので数言で済ませる。けれどさほど困らない、以前のように直ぐに斬りつけられそうな雰囲気は無いからだ。アッシュの表情は険が取れていて、額の皺も薄くなっている気がした。やはり彼は前に進んだのだなと、ユーリは感じ取る。
 そしてアッシュは顔を上げて、どうやらユーリの元へ訪れるつもりだったらしい声色で言った。

「それでだ、貴様は以前俺に聞いたな。兄弟は居るかと」
「ああ、……結構前だな。それがどうした?」

 あの時の言葉を思い出して、ユーリの胸はチクリと痛んだ。きっとあの時アッシュはこれ以上痛んだのだろう、申し訳ない事をしたと今なら思う。しかしなぜ今になって急にそんな話を出したのか、不思議に感じた。
 だがアッシュの眉は急に皺を増やして、チラチラと甲板への扉を伺い出す。うんざりしたような溜息を吐いてから、普段から低い声をさらに下げて言った。

「……忌々しいが、紹介しよう。すぐ来るだろうからな」
「紹介って誰をだ?」
「正直国に置いておきたかったんだが、妙にやる気を出しやがって。ったく馬鹿な行動は相変わらず腹立たしいなあの屑が……」

 ブツブツと独り言を目の前で、まるで少し前の自分のようで少し引く。おいなんだよ、と訳が分からないユーリが声を掛けると、ますます皺を増やしてジロリと睨んできた。

「紹介しよう、俺の双子の兄で、ルー」

 誰かの名前らしき音を遮るように、バタバタと派手な騒音と共に入り口の扉が開く。ぎゃあぎゃあと聞こえる人の声は、聞いた覚えのある音。

 騒ぎの原因へ振り向いたユーリの視界に、扉から丁度朝の陽が入り逆光で影の輪郭だけが浮かび上がる。手で堰き止めながらも指の隙間から、その人物の服装が少しずつ見えた。
 赤い靴に黒いズボン、腹部分に布は無くて、黒のインナーと白の上着。そして……陽の光と融けるような鮮やかな朱色。その輝きはまるで天上の門が開いたかに錯覚させる。



 どこか期待する心持ちで、ユーリはゆっくりと手を下ろす。心の中で蓋をしていた気持ちが勝手に溢れてきて、表現出来ない。けれど一言目の言葉がふと今湧いた。よくも夢にも出て来なかったなこの野郎、だ――。







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