Happy un Lucky








8
《災い転じて福となす》

 ハァハァと荒い息、痛みからの脂汗もまとめて額を流れる。しかしここで崩れる訳にはいかない。ユーリは握っていた剣すら放り投げて、柱の影に打ち付けられて倒れているルークに駆け寄った。
 その体はボロボロで、何時も清潔にしている姿が嘘のよう。白い上着の半分が血に汚れて心臓に悪い、口からも血が垂れて呼吸が不規則に籠っている。肋骨が折れているか肺が傷付いているかもしれない、早く手当しなければ。
 ユーリは懐からエリクシールを取り出して蓋を開け、ルークの口元にやる。しかし意識の無い体は上手く喉を通さず、むしろ咽て血を吐いてしまった。ユーリは舌打ちをする。
 一人でおぶって船に戻るには遠すぎる、自分も言付けず出て来たので後を追って迎えが来てくれるかは半々だろう。それに元々ルークは状況の改善の為にここへ来たはずなのだ、ここで倒れて気絶しているという事は、まだ終わっていないのだろう。ルークを背負いながら魔物と戦って、あの災難の数々を躱すには今の自分では些か不安が残る。

 ユーリは少しだけ考え、薬液を一口自分で含む。そしてルークの顎を手に取って上向かせ、溢れないよう口付けた。

 舌で歯を無理矢理こじ開けてその隙間からエリクシールを流し、そのままルークの舌を制して喉奥に流しこむ。上半身を軽く起こして喉に通りやすい姿勢に支えると、こくり飲んだ音が聞こえた。
 唇を離し、ルークの様子を伺う。しかし意識が戻る気配は無い、ユーリはもう一度エリクシールを口に含み、先程と同じようにルークへ口付けて流し込んだ。二度三度、瓶の中身が半分以上無くなると、ようやく朱色の睫毛がピクリと震えた。

「………………あ、」
「ルーク! ……この、……馬鹿野郎……!」

 安堵に震えるユーリの振動に、ルークは呻いて体をよじらせる。恐らく痛むのだろう、ユーリは抱きしめていた体を床に寝かせて呼吸のしやすい体勢にさせた。そして瓶をルークの口元に当てて、ゆっくりと傾けて残りの全てを飲ませる。

「ん、げほ! ……かはっ、ケホ…ッ」

 息を吹き返したように咳き込む、飛び起きて苦しそうだが体力の方はもう心配無いだろう。しかしエリクシールであれど折れた骨がすぐに付く訳ではない、むしろ意識を覚醒させる分痛覚が鋭敏になってより痛むはずだ。それも生きているからと言えばそれまでだが、まぁ今回はいい薬になるだろう。
 咳き込む衝撃が体に響いて痛いのだろう、ルークはいててて! と大声で叫びだした。今意識を取り戻したばかりだというのに、忙しいことだ。
 その姿を見てユーリもやっと本当に一息吐く、先程の自分は我を失っていた。思い出すだけで恥ずかしい、ルークの意識が無くて助かったと酷い感謝をしてしまう。

 しかし落ち着けば次に湧き出たのは腹の痛みと怒りだ、あれ程何度も口を酸っぱくして言い聞かせ、自分もライマの人間も言っていたというのにこの有様。このお坊ちゃんの脳には記憶領域が無いのかといっそ疑う程だ、最近協力的だった姿はもしかしたら幻だったのかもとまで思わせる。
 眉を吊り上げ声に怒りを滲ませて責めれば、自覚しているのかルークの顔は伏せるように俯いた。それに少しばかり心の端がチクリとしたが、ここで許してはならないと振り切る。

「なんで一人で行った! オレが起きるのを待つか他の誰かを連れて行けば、魔物が相手でもこんなズタボロにならなかったろうが!」
「それは……」
「自分のせいで誰かが怪我するのが嫌だってのは分かる、けどそれでお前が傷付いたらその周りが悲しむだろうがよ!」

 ライマの人間は元より、仲のいいクレス達やエステル、ディセンダー達だって。ルークが傷付けば嘆く人間は多いはずだ、たかがギルドメンバーだとかそんな事を言うのならばそれこそぶん殴ってやる、ユーリは言葉にはしなかったが強く思う。ずっと集団生活をしていて、全く関わりが無かった人間なんて居ない。特にこのアドリビトムにはお節介焼きが多いのだ、まるで下町の様な集団だ、なんて思った数も少なくなかった。
 もちろん、この自分だって。だからそれを全部無視した今回のルークには、本気で腹が立った。本気で想っていたから、本気で思うのだ。

「さっきだってオレが間に合わなかったら、お前死んでたかもしれないんだぞ。お前死にたいのかよ!」

 ルークの内情は他人には分からない、当然だ。しかしだからこそ気持ちを伝える手段として言葉があるのだろう、それを怠ったのは本人の責任に他ならない。意地があるとして、その意地に振り回される他者の事も考えるべきだろう。たった一人きりで生きている訳でもないのだから。



 こんな風に激情を抑える事なく怒るユーリを見たのは始めてで、それだけの事をした自覚のあるルークは一瞬怯えた。だがすぐに反発するように怒りが跳ね返る、自分にだって理由があったのだ。
 一人で行ったのは確かに自分が悪い、けれど誰かを連れて行くには理由が個人的過ぎた。得体の知れない剣が自分を呼んでいる気がするので、危険な中一緒に来てくれなんてとてもじゃないが言えやしない。自分が普段我儘を振りかざしている分、自分にしか出来ない事を他者に助けてもらおうとは思わなかった。お飾りと囃し立てられても、これでも未来の王として教育されてきだのだ。守るべき人間を盾にしてまで、守ってもらいたいとは思わない。けれど今そんな事を言えば恐らく目の前のユーリの怒りはもっと激しくなるだろう、こういう時のカンは鋭いルークは大人しく説教を受けた。

 しかし元々短気なルークが、何時までも大人しく説教を聞いていられる訳も無く。体も痛いしユーリもボロボロだろうに、何故ここでこうまで怒鳴られなければならないのか。そもそもユーリが護衛のクセに自分を庇って怪我するのが悪いのに、どうしてこれ程責められなければならないのか納得いかない気がする。そう思えば一気に心の中で形になり、直結したように行動に移す。良くも悪くも、ルークは短絡的だった。キッと睨み返して、痛む体に負けじと叫んだ。

「だー! もううっせぇな、生きてたんだからいいだろうが!」
「生きてたからいい、だと? お前それ本気で言ってんのかよ、怪我で後遺症が残ったらどうすんだ!」
「そん時はそん時だろうが、どうも無いんだからもういいだろ! お前ただの雇われ護衛のクセに細かいんだよ!」
「……雇われだから口出しすんだろうが、考え無しのお坊ちゃんのせいでクライアントに文句付けられるなんざ冗談じゃないぞ」
「そのまんま言えばいいだろ、俺のせいだって」
「お前のせいでお前が死にました、ってか? 本気で馬鹿だな、馬鹿過ぎて腹も立たねーわ」
「怒ってんじゃねーか! 音量下げんなよ逆に怖いだろうが!」
「誰のせいで怒ってると思ってんだよ! お前に関わってから散々だマジで! 武器は何度も買い換えるわ鬼畜眼鏡には目を付けられるわ腹はぶっ刺されるわ! 金払え!」
「何で俺が! 全部自分がすっトロいからだろうが!! 後ジェイドの事なんか知るかボケ!」
「そのすっトロい奴にずっと守ってもらってたのは何処の誰でしたっけね? ああ、そんな事も忘れちまったかお坊ちゃんは」
「はああぁ!? 俺は別に頼んでねーし! お前が勝手に守ってたんだろ、ざっけんなよ!」
「あんたんトコの弟が、オレにどーしてもってんで頭下げて来たんだよ。他人にゃ頼らないって分身内は苦労するな、何時まで経ってもお守りが外れなくて」
「アッシュが俺の事で頭下げる訳ねーだろ、お前の目は節穴か!」
「あーあーあー、確かにそうかも、オレって節穴だったな。こんな自分勝手な奴の為に汗水垂らして、体に穴空けても駆けつけたってのにこれだ。ほんっと見る目無いなオレ」
「お前に来てくれなんて俺は頼んでないっつーの! 何でお前なんかに怒られなきゃなんねーんだ、俺が死のうが生きようが俺の勝手だろ!!」

 まるでライマの双子のような水かけ喧嘩を止める人間はここに居ない、二人共体の痛みを忘れて罵り合う。それは出会った頃でもしなかったような、感情をぶつけ合う喧嘩だった。
 しかしそれも今のルークの一言で、ユーリの血管がブチリと切れる。先程ジャバウォックにぶつけた以上の怒りが、瞬間的に湧いた。理性を通さない感情は意味も考えず、ただ目の前の本人にぶつけるように叫ぶ。



「っざけんな! お前に死なれるとオレが嫌なんだよ!!」



 シーン……と、何故か場に沈黙が流れた。正面のルークの目は限界まで開かれて驚き、その驚きを言った本人にも伝染させる。
 …………あ、あれ? その雰囲気に、口にした張本人が戸惑う。何故そんなにルークが驚いているのか、分からない。自分はそれ程おかしな事を言ったのだろうか、ほんの一秒前の発言を頭の中で繰り返す。
 しかしリピートする前に、ぽつりと問い掛けられた。

「な、……なんで俺が死んでお前が嫌なんだよ」

 護衛してんだから普通そこは困るとか、迷惑とかじゃね? そんな事を言われる。ああ、成る程確かに。ユーリも思わず納得してしまった、さて自分はなんと言ったのだったか。今度こそ思い返す、嫌だ、と。

「……………………………………あー、その。それはだな……」

 嫌って、なんだ。おかしいだろう、嫌なんだ、って。どうしてそこで感情的な意見で発言したのか、先程まで説教していた原因はルークの後先考えない感情的な行動だったのではないか。
 急にしどろもどろになり、ユーリ自身たじろぐ。まるで独り言のような、言い訳じみた音量でもごもごと言葉をもつらせた。

「確かに、少し考えて、今の言葉は少々アレかもしれないけどよ。いや待て! そんな深い意味は無い、ただ勢いで口に出ただけであってそんな意味なんて多分無い!」

 いやしかし勢いで、という事はつまり無意識下の言葉であってある意味、意味があるよりよろしくないのではないか……!? ユーリは混乱し、こんがらがった。身振り手振りで不思議な踊りを踊るも、目の前のルークに効果は無さそうだ。
 正面のルークは口を噤んでユーリの言葉を興味深げに待っている、何故そんな瞳を輝かせているのか、頬に血色が戻っているのか。いや色が戻るのは良い事だ……、だから今のはそういう意味ではなく――。



 違う意味で窮地に陥ったユーリに、助けの手が降ってきた。この創世伝えし者の間奥に佇むように刺さっていた、あの剣が轟音を上げて二人の間を引き裂くように落ちて来て床に突き刺さったのだ。

「……あぶねぇ!」
「おわっ!?」

 ルークを抱えてそれを避けたユーリは、突然の登場に驚く。ここへ駆けた時は余りにも乱心していたので、奥は見えなかったのだ。しかし今確かに自分を狙って落ちてきたような、これも災難かと思い腕の中のルークを見ると震えていた。傷が痛むのかと思ったが、その視線はしっかりと目の前の落ちてきた剣に注がれている。瞳孔が少し開いて、ユーリの服の裾を握りしめていた。

「おい、どうした?」
「こいつのせい、なんだ。多分全部こいつがやってた。前にここでこの剣を見てから、急に運が悪くなり始めて……」
「……こいつが?」

 先程は勝手に動いたが、見た目はただのおかしな形の剣だ。単に形状がおかしいだけならば、ディセンダーのコレクションにもいくつかある。しかしその中でもユニーク武器と呼ばれる物だけは、飛び抜けた性能を秘めている逸品だ。もしやこれもその類なのだろうか?

「まぁ、こいつが原因だってんなら持って帰ってリタに調べてもらうか」

 そう言ってユーリが柄を握り、ぐっと力を入れて引き抜こうとする。しかしどうやっても抜けない、確かに今のユーリは万全の体調とは言えないが、ただ剣を抜くだけなら何の問題も無いはずだ。
 たった今奥から飛んでくるというアグレッシブ移動を披露したくせに、ピクリとも動かない。どうやっても抜けそうにないこの剣に、ユーリは辟易する。

「どーすんだこれ……」
「多分、俺なら……抜けると思うんだけど……」

 ポツリと自信無さ気というよりかは、恐れを滲ませて。ルークの表情は怯えていた、まるで子供が怪談のお化けに怖がるように。

「こんな事言うのも変なんだけどよ。なんか……怖くって」

 意地っ張りなルークは人に弱味を見せようとしない、傍から見てバレバレでも自分から口にする事は決して無いと言っていい。その意地を曲げてまで口にするという事は、本当に怖いのだろう。その表情も嘘や誤魔化しているものでは無かった。
 先程までの色々を引っ込めて、ユーリは勇気付けるように後ろから震える肩を押した。

「大丈夫だ、オレが支えててやるから」

 そう言って肩に置く手を少し強めれば、ルークは意を決して頷く。……うん。小さいながらも確かに口にして、こわごわとだが剣の柄を握った。



 ジャバウォックとの戦闘で血に汚れている手でも、ルークが引き抜けば先程の頑なさが幻だったかのように簡単に抜ける。するっ、と。そんな効果音が聞こえてきそうなくらいに、軽く。
 やはりその形は剣と言うにはおかしく、刀身が二又に別れて刃らしい刃が無い。叩き潰す使い方をするにしても、重さが足りないだろう。

 ルークは不思議そうに、目の前で掲げて両手で握りしめた。すると突然、柄から体の中へ何かが入り込んでくる感覚が襲う。ただ、悪い感じはしない。暖かいような悲しいような冷たいような嬉しいような……形容しがたい感情。
 ただ、ああ還ってきたんだと感じた。
 ふと温かいものが頬に流れる、涙だ。ルークは自分でも気付かず、静かに泣いていた。何故泣いているのか自分でもよく分からない、人前で泣くなんてかっこ悪い事だとずっと思ってきたし今も思っているが。それでもただ、今だけは泣いていたいと思った。
 後ろで支えているユーリは、何も言わず静かに黙っている。何時もの知った風な態度が気に食わないとルークは思っていたが、ただこの時は感謝した。



 ひとしきり泣いて、気が済むくらいで鼻を啜って切上げる。手の甲でごしごしと目元を擦ると、後ろから手が伸びてきてそれを止めた。

「赤くなるから止めとけ、ほっときゃ乾くさ」
「……おう」
「んじゃ、帰るか」
「おう!」

 そう言って、さっきのどうしようもない言い合いも忘れて二人笑った。わしゃわしゃとユーリが手を伸ばして、子供扱いするようにルークの頭を乱暴に撫でる。それに些かムッとした顔を見せたルークだが、今度は仕方がないなと言って振り払わず、ぷいと顔を背けるだけに留めた。
 別に思いの外心地良かったからではない、絶対にない。そう心の中でルークは言い訳した。

 帰還の際には今までの不運を取り返すように、大きな虹が架かっている空が道案内してくれたのだった。





*****

 その後、ライマとガルバンゾの面々に合わせてギルドリーダーにもしっかり怒られた二人であったが、それ以上に無事を喜ばれた。どうやらユーリが飛び出した後を、メンバー総出で捜索されていたらしい。おかげで二人には今後出かける際に必ず行き先を書類に残すという厳命を言い渡されたのだが、これも当然と言えよう。

 そして何より、ルークの災難は止んだ。もうどこを心配しても矢も鉄砲も剣も降ってこない、今でもユーリは勝手に体が反応して警戒してしまうが。その姿にルークが笑って、その仕返しに朱毛をグチャグチャにされるまでがワンセット。これもすぐアドリビトムでは見慣れた光景になった。

 あの時持ち帰った剣はリタに調べてもらうも、いくら調べても”何も分からない”という事しか分からない。特殊機能・属性・金属……そのどれもが現在のルミナシアでは該当しない、もしくは存在していない物ばかり。本当にこの剣があの災難の数々を起こしていたのか真偽も定かではないが、ルークへの不運が止んでいる、ただそれだけが証明になった。
 今の所そのままルークが預かり、ガイが保管している。流石に武器として使用するのを躊躇うのか、部屋の隅で置物となっていた。そんな扱いでも何も起こらない様子なので、部屋を尋ねる時に目にするユーリは毎回複雑な気持ちになった。



 アッシュからの依頼も終了し、貰った依頼金は結局ポッポの合成で完成した剣1本。あれだけ散々な目にあったというのに、文句を付けに行けばその剣の合成金額で足どころか頭の先が出るくらい吹っ飛んだぞ! と怒られる始末。
 金額を聞けば目玉が吹っ飛んだ、これは確かに文句も言えなかった。流石稼ぎ頭ディセンダーの最大の支出理由だ、侮れない。
 しかしあの時のような威力はあれ以来出ず、今ではただのちょっと綺麗な剣だ。何故あの時あれ程の威力が出たのか、ユーリは未だに不思議に思う。リタに調べてもらっても構わないが、理解を超える解答を出されてもそれはそれで困るので諦めた。
 この剣はあの時、ルークを助けたという大事な役割を果たしたのだ。それだけで充分だと、ユーリは結論付ける事にした。



 依頼が終われば一緒に居る事は無くなると考えていた件は、ルークがふんぞり返ってユーリを連れ回す事で案外簡単に解決してしまった。ライマの従者を置いて他国の人間を使っていいのかよ? とユーリはこっそりガイに聞いた事がある、その時の言葉はこうだ。

「ルークの友達付き合いを邪魔する程、浅い付き合いじゃないからな」

 このセリフを聞いて、何故だか一瞬喉が詰まった。どこかが引っかかっているのか、否定したくなる。しかしどうしてか自分でも分からない、そしてパンドラの箱はそう簡単に開けるべきではない。もやもやする胸の内を黙って、結局その場を黙った。











「大体なんだ、友達付き合いってよ。オレはクレスやロイドじゃないんだぞ、……友達なんて勝手に決めつけやがって」

 ブツブツと、一人廊下を歩けばその姿は怪しい。しかしそんな事も気にせず向かいからルークが何時もように声を掛けてきて、それに自然に返した。
 今日はどこ行くよ? そんな世間話から始まって、またアーチェの被害者が出たとか、ディセンダーの闘技場記録だとか。ごく普通の話をごく普通にして、二人は結局納品依頼に出ることに決めた。
 カウンターでアンジュに申請して、外出書類を何枚も書いて……。甲板を出れば、天気は晴れ。気持ちいくらい高い空に、雨も降っていなかったのに虹がずっと架かっている。この虹はルークが剣を持ち帰ってからずっと消えていない、世間ではなんの前兆かと恐れられているが、今の所真実は二人だけの秘密のまま。

 あの時穴が開いたタラップも、チャットが恨みながらもなんとか修理が終わっている。ここを通る度に苦笑が漏れるのも、仕方がないだろう。
 タラップを下り終わる前に、ルークが一歩先へ飛び出してくるりとユーリを見上げる。その瞳は爛々と輝き、意地悪そうに笑っていた。

「なぁ、それであの時の続きは何なんだよ。なんで俺が死ぬと、お前が嫌なんだ?」
「…………まぁ、そのなんだ」

 あれからルークは、思い出したようにこの質問を繰り返す。もしやこの答えを聞くために、ユーリを連れ回しているのかと邪推する程度には。しかしユーリ自身、その答えを持て余していた。深く考えると危険なような、けれど早く答えてしまいたいような。
 ユーリは少しだけ目線をキョロキョロとさせ、結局目の前の、短髪になった時より少しだけ伸びた朱色に落ち着いた。

「もうちょっとだけ、待っててくれるか。覚悟が少しと、準備が色々あってだな……」
「んだよ、もったいぶりやがって」

 そんな先延ばしの解答は聞き飽きた、と。ルークは呆れたように返す、確かに言葉も無いユーリは肩を竦めて誤魔化した。大人には色々あるのだ、そうテンプレートな言い訳をして。
 ぷく、と頬を膨らませて半眼、そんなルークにどこの子供だとユーリは笑う。そうすればますます朱毛は飛び跳ねて、知るか馬鹿! と踵を返す。けれどやっぱりその姿に、ユーリは言葉を噛み締めて笑ったのだった。

 笑うのを止めないユーリに、ルークは後ろを向いたままポツリとこぼす。

「……お前がとっとと言えば、俺だって言えんのによ」

 風が吹いても掻き消されない言葉に、ユーリは立ち止まる。そしてその言葉の意味を頭の中へ辿らせて、よく考えた。けれどどうせ出る結論なんて、本当は随分前から決まっていたのだ。今更、なんてことはない。
 ふっと笑って、先を歩くルークに追いつこうと歩みを進めた。

「んじゃ、思ったより早く言えそうかな。……オレも」







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