Happy un Lucky








1
《弱り目に祟り目》


 場所自体は真新しい空気なのに、床や壁は妙にボロボロ。まるで最初から壊れた形で新品に作ったような不思議な感覚、よく分からない。けれどそんな事はどうでもいい事だった、本来場所なんて関係無いのだ。ただ待てばいい、その時を。  自分を開放してくれる自分が、この檻を壊して鍵を廻すその瞬間を――。





 自分を呼んでいる、それだけは分かった。だが知らない相手に呼ばれて、そう簡単に返事を返してやる程自分は安くない。用があるならそっちから来やがれ、俺を使おうなんざ10年早いっての! そうプリプリ怒りながらルークは言った。
 ただでさえ疲れて眠い、今日は一日クエストに費やして大変だったのだからベッドに入った後はただ寝たい。いい加減クレスとロイドの前衛オンリーPTの構成は一考の余地があるが、友人と力を合わせて戦うのは楽しいし気分がいいのだ。グミもボトルも道具袋からはみ出る程持たされているのだし、明らかな無茶も今の所していない。代償が一日の清々しい疲労だというのならばこのままでいいではないか、むしろ望む所だ。
 恐らく夢の中で、遠方から呼ぶ誰かをルークは無視し続けた。けれど何時までも自分を呼ぶものだから、いい加減うっとおしくなって声の方向へ振り返る。するとそこには――

 目の前には刀身が二又に別れた不思議な剣が浮いていた。これは本当に剣なのか? 形状がどう見ても武器として適していないように思える。
 ぽかん、と見ているといつの間にか声は止んでいて霧がかってきた。どんどん視界が白く染まり、自分の足先も見えない。なんだろうこれは、どうにも変だ。  いや、夢なのだから変でも問題は無いか……。そう思い直すが、いまいちスッキリしない。喉に小骨が刺さった時のような息苦しさ、纏わりつく霧。晴れない頭の中、止んだはずの先程の呼び声が響いた気がした。

*****

 のそり起き上がると、夢の続きのような喉の違和感。あ、あ゛ー。確認するように声を出すと、既に着替えているガイがやってきた。

「お早うルーク、どうしたんだ? 今日は早起きじゃないか」

 ほら、と水差しの水をコップに汲んでルークに渡す。それを受け取りコクコクと飲み干せば、嫌な気分も喉の不快も流れて消えた気がした。早い、と言われてルークは視線を横にやってサイドボードを見た。置かれた時計の針はなんと真一本に立っており、円形の時計板を縦半分に割っている。
 一部の人間からすれば普通の起床時間でも、ルークからすればとんでもない。こんな時間は朝じゃない、寝る時間は全て夜という事にしておけ。コップを置いてシーツを頭から被って直ぐ様ベッドの住人に逆戻り、……としたい所であったが。いくら目を瞑っても、ブウサギを100匹以上数えても全く眠くならない。普段ならば時計を確認しただけで眠くなるというのに。

 仕方なくのそりと起き上がり、ぴょこぴょこ跳ね上がる赤毛をボリボリ掻いた。くあぁ、と欠伸をすれば本格的に目が冴えてしまってどうしようもない。ガイを呼びながらベッドを抜け、のたのた着替え始めた。
 どっちなんだよ、と笑いながらも手伝うガイの手に任せてもう一度時計を見ればその針は先程と変わりない。何回見ても時間は6時、午前6時只今15分。何時もならばまだルークはこの時間、すやすやと夢の中。しかしどうやっても眠くないのだからもう起きるしかない、なんだか損した気分だ。あのまだ眠いな、そろそろ起きようかないやまだ寝たい……という優雅が遊びが好きだというのに。
 その結果大抵ティアかガイに叩き起こされるのだが、それはそれとして。起きてきたルークの姿を見て、驚いた後褒めるティアもガイも、自分をどう思っているのか問い質したい。しかし褒められるよりか、自分としてはもっと寝ていたかった。三文の得より思いのままの睡眠の方がいい、とルークは思った。



 それでもヴァンにまで褒められ、朝の修練をつけてもらえたのは幸運だ。偶には三文もいいかな、と考えなおして朝食をとりに食堂へ向かう。すれ違う人間の殆どが驚くのは全く失礼な話だと、ルークは憤慨した。しかし今は怒って怒鳴る力も残っていない、空きっ腹に大声は自分が辛い。これだけ腹が減れば朝食は大層美味く感じる事だろう、機嫌良くその扉を開けるが、待っていたのは戦争だった。
 元々80人近くを収容しているこのバンエルティア号、トイレの数や食堂の広さが圧倒的に足りていない。間借りしている身で文句を言える訳も無く、大人しく時間をずらしたり街へ出たりメンバー内で調整しているのだが。そういった気遣いをされる側であるルークは知らなかったのだ、食堂の戦場というものを。

 飛び交う怒号、トースト、オムレツ。寿司詰め、という言葉の意味が初めて分かった気がした。タイル1枚分に1人という制約でもしているのだろうか? まさかあの食堂のスペースにこれだけの人数が入るとは思わなかった。
 食堂に居る人間はカイウス、シンク、ティトレイといった体力が有り余ってそうな人物ばかり、その中心でもくもくと食事しているディセンダーが居るのだから間違いない。ルークは口元を引き攣らせて後退った、何時もはもっとずっと後に訪れるのでこれ程混雑している状態は初めてなのだ。騒がしいのも嫌いであるし狭っ苦しいのも冗談ではない、しかし去りたくても腹が減っているのは事実。ここで部屋に戻っても空腹に耐えられそうにない、ルークは縋るように隣のガイを見た。

「分かった分かった、ちょっとテイクアウト貰ってくるから部屋で食うか」
「頼むわ、マジで……」

 食事の作法に拘っている訳ではないルークだが、こうも人が多いと落ち着かない。人波を掻き分けてキッチンに突撃していくガイを心中で応援し、入り口で待った。すると目敏いティトレイが迷惑にも声を掛けてくる、わざわざ遠くから大声で。おかげで食堂中の注目を浴びて、ルークは瞬間逃げ出したくなった。

「ルークお早う! 珍しいね、ちょっと狭いけど隣座る?」
「今日は朝から雨かも。食べるなら私終わったからここ空くよ、どうぞ」
「おーっす。今日のオムレツうめーぞ」

 わいわいがやがや、四方から挨拶なのか雑談なのか判断つかない声がかかる。全方向に耳があるわけでない、そんないっぺんに言われても返せない。一気に面倒くさくなってガイを待たずに先に部屋へ帰ろうかと踵を返したその時、廊下の先の部屋からクレスとミントが出てくるのが見えた。丁度良く目が合えば、爽やかな笑顔で挨拶が飛んでくる。

「お早うルーク、今から朝食かい? 一緒に食べようか」
「おはようございます。今日も一日頑張りましょうね」

 正統派が服を着ているようなこの二人に、ルークはなんとなく弱い。どこがどう自分の琴線に触れるのか分からないが、こうやって誘われると断る事が出来ないのだ。しかし一緒に食事はしたいが、あの食堂の様子ではこれ以上人数が入るとは思えない。これを言い訳にして断ろうか、いやしかし……。
 悩むルークの後ろから、ディセンダー達数名が出てくる。どうやら食事が終わったらしい。

「お先ー」
「席空いたから、どうぞ」
「ありがとう。それじゃルーク、行こうか」
「今日のメニューは何でしょうね、楽しみです」
「……お、おう」

 5・6人出たようだが、今から自分達が入るなら大して変わらないか……。しかし目の前でニコニコ笑っているクレスを断れる人間が居るだろうか? 少なくともルークには無理だった。船に来てからの数少ない友人との食事は、やはりそれなりに楽しいものだから。
 肩を落として食堂に入ると、紙バッグに食事を詰めたガイが。わざわざ折詰させておいてなんだが、ガイはルークと隣のクレスを見て状況を瞬時に理解したらしい。怒らずに苦笑で済ませ、ポンポンとルークの肩を叩いた。

「せっかく詰めてもらったから、俺は部屋でこっちを食うよ。お前はここで食べてけ」
「ああ……。悪いな……」
「それじゃクレス、ルークを頼むな」

 そう言って去って行く背中を見送って、ルークは狭苦しい椅子に座った。だが食堂は基本セルフサービス、食事も飲み物も自分で用意しなくてはならない。普段のルークが訪れる時間帯はもっと遅いので、ロックスやクレアが手を余らせて給仕してくれている。それかガイがしてくれるので、ルーク自らが立つ事はあまり無い。
 しかし今この状態で持って来い、などとは口が裂けても言えなさそうだ。隣にクレス達が居るのならば尚更言い難い、けれどこの混雑で移動するには少々難易度が高い。人波掻き分ける事に慣れていないルークには尚更。

「はい、ルーク。今朝はちょっと人が多いから持ってきたよ」
「あ、悪い。サンキュー」
「それでは、いただきます」
「はい、いただきます」
「あー、い、いただきます……」

 一人ウダウダしている間にクレスがトレイで持ってきていた、そんなつもりは無かったのだが本人は気にしていないようでルークが勝手に気まずい。がやがやと騒がしい中、ロックスに徹底的に躾けられた挨拶をして食事をとり始めた。
 オムレツもトーストもスープもそれなりに美味く、城暮らしだったルークの舌は肥えているがこの船の食事も遜色ない。環境の変化か自分の変化かは分からないが、昔ならばこんな庶民風な食事を美味いと思わなかっただろう。隣のクレスと今日の予定を相談しながら食べれば、ようやっと気分が上向いてくる。しかし登ったと思ったとたん、折れるように下がりはじめた。

「あらっ! なによあんたこの時間にめっずらしー! 雪でも降るんじゃないの?」
「まじかよ、俺ら今日の予定アブソールだぜ? これはルカちゃまが頑張ってもらうしかねぇな」
「何で僕だけっ!?」
「おっはよ〜! あーボクもうお腹ぺっこぺこー」

 先程までがピークだと思っていたが、幻想だと言わんばかりにまたぞろぞろと食堂に人がやってくる。入り口側に席を取っていたルークは、ことごとく声を掛けられたり背中をばしばしと叩かれたりとで落ち着かない。これも普段ルークがあまりアドリビトム内でメンバー交流をしないせいで、珍しがられてココぞとばかりに構われる。
 粗暴な行動は多いが根が繊細なルークは、トサカが立ちそうな程苛ついた。しかしここで騒げば、余計に悪目立ちして面倒な事になるのは火を見るより明らかだろう。朝から心電図のように上がり下がりしている機嫌は、今の時点で地に落ちるように腹ばい状態で落ち着いた。



 無駄に疲れて部屋に戻る、時計を見れば普段丁度この時刻頃に起きる時間だった。うぜぇ、まじうぜぇ。そう言ってばさりとベッドに倒れ伏せるが、やはり眠気は襲ってこない。もう二度と早起きはしない、例え起きてもベッドから出るものか。そう固く誓った。

 ふと気がつけばいい時間で、ルークはのそのそと立ち上がる。備え付けの机から筆記用具一式を手に取り、部屋を出た。朝食が終わってからの午前一杯は、ジェイドの所で勉強を教わることになっている。修行中の旅の間でも、ある程度はヴァンが道中教えていたがここではジェイドが教えていた。
 しかしルークはジェイドの事があまり得意ではない、いや得意という人間が居たらそれはそれで教えてもらいたいが。ジェイドは軍部の人間といっても開発畑の出身である、気質の違いなのかどうにも苦手なのだ。あの眼鏡の下の赤い目で睨まれると、蛙のように固まってしまう。最初は反発もしたが、すればするぶんだけ被害が帰ってくると理解して以来大人しくしている。
 それでも案外人に教える分には、ルークでも分かりやすい。噛み砕いているのか馬鹿にして端折っているのかは微妙な線だが。

「おいジェイド、来たぞ」
「おや、今日は早いじゃないですか。雹でも降るんですかね」

 朝から似たような事ばかり言われて少々気が立ってしまう、うっせいいから早くしろ! と囃せばおやおや〜と、馬鹿にした風で笑われた。置かれた椅子にどかりと座り、ジェイドもその隣に座る。ノートをぱらりと開けば横から教科書が置かれた。

「ではルーク、この前出した宿題を見せてください」
「……あ?」
「宿題ですよ、3日前出しましたね?」
「…………あー、ああ。……えーっと……」

 忘れていた、完全に記憶から消えている。しかし眼鏡をキラリと光らせた相手にそんな馬鹿正直に言えるだろうか? 冷や汗が流れる額と、あからさまに逸らす視線。これでは初対面の人間ですら何か疚しい事があると察せられるだろう、口笛も吹ければ完璧だったのだが惜しい事に空気が通るだけだ。

「おやおや、忘れたんですね。……確か言いましたよね? もし忘れたらどうなるか」
「いやまて、ちょっと勘違いしてただけだ! えーとそう、来週までって間違えて覚えてたんだよ!!」
「どちらにしろ今日忘れた事は認めるんですね」
「あーえーそのだな!」
「では今日はルミナシア戦乱の歴史を、きっちり詳細に教えて差し上げましょう。血と狂気に塗れた歴史はダイエットに適していますよ」
「やめろおおおお!!!」

 ホラー話が怖いなどと可愛らしい事を言うつもりはないが、スプラッタ系は好みがあるだろう。慌てて席を立とうとすれば、腕から出した槍で脅された。軍人が王子に刃を向けるなど軍法会議モノだが、相手がジェイドだと分が悪すぎる。普段のお互いの態度からイーブンだろうが、何故か大抵ルークの評判が負ける。
 呪詛のように流れる凄惨な歴史をまるで見てきたかのような生々しい表現で語られ、いくら耳を塞いでも魔法でも使っているのか頭に入って離れない。これは夢にも出そうで堪らない、ロイドの代わりにトマトを食べる役目は暫く負えそうになかった。



 やっとジェイドから開放され、体力を使い果たした面持ちで部屋に帰ればもう昼時。HPも腹もすっかり空だが、朝の事を考えればすぐに行くのも憚られる。今日のメニューが何かは知らないが、何時もより遅れても無くなる事は無いだろう。そうタカをくくって、ルークは部屋で一人模型作りを始めて時間を潰した。1時間弱経って、我慢の限界だと腹が鳴ってようやく食堂へ足を運んだ。

 扉を開ければカレーのいい匂い、目論見通り食堂の人は疎ら。手すきなったロックスがパタパタとやってきた、それに機嫌よく返す。

「今日のメニューはカレーか?」
「ええ。今お持ちいたしますから、どうぞ座ってお待ちください」

 給仕される事を当然のように座り、本来の自分のスタイルはやはり此方だなと独りごちる。食事くらいはゆっくり落ち着いて摂りたいものだ、急いで食べると消化に悪い。すぐにロックスがトレイに乗せてやってきて、食欲をそそる芳香がルークを襲った。大皿に盛りつけられたカレーとサラダと水、ごろごろ大きめサイズにカットされた野菜と角切り豚肉が存在を主張している。一際赤い人参が気に入らないが、腹を空かせた今ならまぁいいかという気になった。当然除けるのだが。
 確かに美味しそうなのではあるが、これが好物であるチキンかエビでないのだけが残念だ。文句は無いが惜しむようにぽつりと口に出すと、側のロックスがビクリと跳ねた。

「……なんだよ、どうした」
「ええその、申し訳ありません。今日の昼食のカレー、ポーク・チキン・エビの三種類だったんですが……」
「ど、どーいう事だ! チキンとエビはどうしたんだよ!」
「すみません! その二つはもう空になってしまって、ポークしか残ってないんです!」
「なんでだっつーのおおおっ!!」

 ルークはあまりのショックに、頭を抱えた。まさかわざと遅れた事が仇となるとは、策士策に溺れるとはこの事か。ルークの好物を知っていたロックスはペコペコと小さな体を一生懸命折り曲げて謝っている、そんな姿にこれ以上詰め寄る事もできない。下がらせて沈む気分でのそのそ食べる、もちろんこのポークカレーも美味い、美味いのだが……。いつも通りの時間に訪れれば好みのチキンかエビが食べられたかと思うと、ルークは心の中で悔し涙を流した。

 部屋に帰れば作りかけの模型が接着不足だったのか、尖端が欠けていた。しかもその落ちたパーツがいくら探しても見つからない、この部屋のどこかにあるはずなのに。ベッドの下もソファの下も、どれだけ漁ってもでてこない。帰ってきたガイにも手伝わせたが終ぞ発見されなかった、ティアにはそこから普段の態度がだらしないからだと説教されるわ、ロクな事がない。



 朝からツイてなさすぎる、鬱憤を溜め込んでルークは討伐依頼に出た。ガイとティア、ビショップディセンダーを引き連れてロニール火山へトカゲ退治だ。しかしそこで持ってくる武器を間違えた、昨日持ったままの武器でなんと火属性。火山で火属性など、焼け石に水ならぬ焚き火に篝火か。
 何時も無闇矢鱈に装備を持っているディセンダーも、合成で使いきったばかりで手持ちにろくな物が無かった。後はこれくらいしかと言って出した武器は……カツオだった。カツオは確かに水属性だが……、ルークは魚が嫌いである大嫌いだ。スキルが6つ無駄に付いているが、全てレア用で戦闘に役立ちそうにない。なにより魚だ……!!
 ルークはストレスも怒りも鬱憤も全て爆発させた。

「うぜええええええええっ!!」








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