ユーリ・ローウェルには秘密がある








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 『ユーリ・ローウェルには秘密がある』そんな謎めいた書き出しを一筆、ルークはそれだけでわくわくと胸が踊った。万年筆と小さなメモ帳を握りしめて、扉の窪みに身を寄せて隠す。調査対象は現在廊下の先、食堂前で友人Fと談笑中。もっと近づければ会話内容まで聞けるだろうが、残念ながら廊下という構造上の問題にて断念。わざと堅目に書いた文章が我ながらそれっぽい、と自画自賛をしてしまう。

 そんなルークの姿はユーリとフレンからすればバッチリ見えているのだが、知らぬは本人ばかり。窪みといってもあの目立つ朱色がふわふわと揺れて全く隠れていない上、動きが大雑把なのか足音も消さなければ角っこに移動する時にドンガンと鈍い音が遠慮無く鳴っている。あれではすずやしいなから忍びの”し”の字も貰えないだろう、よくて厚紙の手作りメダルといった所か。
 それでもフレンは微笑ましそうに、にこにこと笑っている。隣のユーリは呆れ顔だ、後ろを振り向かずとも黙らない音で何をしているのか充分知れた。また一体何をし始めたのか、彼は暇を持て余すとしょうもない我儘か突飛な事しかしないのだから、従者達にはリードでも付けといてくれとクレームを入れたいものだとユーリは割りと本気で思った。それともお馬鹿な子は何をしても馬鹿わいいとでも言うのだろうか、まぁ三割くらいは賛成してもいいかなと思い直す。
 ユーリは例の姿を見ないまま、フレンとの談笑に戻った。元々傍に部屋も食堂もあるのに何故廊下に突っ立って話しているかというと、何のことはない今日これからの予定を話し合っていただけ。昼食も終えて少し空き時間がある、これから食堂でスイーツ作りをしてもいいし依頼に出てもいい。親友が何か予定を取っているならそっちを手伝っても構わないと、そうだねじゃあ一緒に行こうか等など相談中だったのだ。

 さてそうなるとエントランス側の扉を陣取っているルークの元へ歩き出さねばならないのだが、彼は分かっているのだろうか。このままではバッタリ出くわしてしまう、逃げるにはそれこそ扉を開けなければならないが、それではバレバレではないのか。……探偵ゴッコをして遊んでいらっしゃるようだし、それでは些か問題ではないのか? そんな事をフレンが言い出すものだからじゃあどうすんだよと返したユーリは悪くない。
 エントランスへ出れないのならば食堂に行くしかない、消去法だ。そうなると出来る事は限られてくる、時間的にデザート作り。確かにユーリ本人の甘党も手伝ってよく手作りするのだが、そうなると問題は壊滅的味覚音痴(無自覚)であるこの騎士団隊長様。普通にレシピ通りに作ってくれれば何の問題もないのに、なぜあれこれ出来もしないアレンジをしたがるのか頭の痛い話だ。ただの食事だけでも迷惑だと言うのに、甘党の魂たるスイーツを台無しにされるのは冗談ではない。なんとしてもそれは阻止したい、ユーリは必死だ。
 意見不一致によって二人の足止めに成功しているルークは、そんな事も露知らず。他者が知れば探偵よりは工作員向きではないのかと、推薦されそうだ。

「もーっ、しんっじらんない!」

 そんな中、エントランスからの扉が開いた。センサーを避けて隅に身を寄せていたルークは、突然無くなった壁に反応できずにすっ転んだ。うぬぁ! と濁った声を上げて背中を打てば、驚いたのはアスベルだった。

「ルーク様? 大丈夫ですか!」
「いてて……、いきなり開けんじゃねーよ!」
「ごめんなさい! でも、どうしてそんな所に居たの?」
「背中痛い? さすってあげるね」

 一気に増えた人数と声、それがルークと自分の部下だという事もありフレンは動き出した。今までの時間は一体……、ユーリは仕方なしにその後を付いて行く。見ればアスベル・シェリア・ソフィがわいわいとルークを囲っていた。フレンは今気が付きましたといった顔で、話しかけた。

「ルーク様、大丈夫ですか?」
「あっ、隊長!」
「なんでもねーよ、ただ転んだだけだからゾロゾロ来てんじゃねーっつの」
「背中痛くない? ちょっと赤くなってるよ?」
「そもそもあんな所に居たお坊ちゃんが悪いだろ」
「うっせ!」

 何時もの調子でユーリがからかえば、ふん! とそっぽを向く。こんな二人はお馴染みなので、フレンも溜息しか出ない。

「シェリアさんは何やら怒っていたみたいだけど……。何かあったのかい?」
「あっ、ええその……」
「実は、甲板にまた落ちてたんです。それに足を取られてシェリアが転びかけて……」
「お花とお菓子、たくさん落ちてた」
「またなのかい?」

 実は今現在、ラザリス以外にアドリビトムを襲う問題が発生していた。世界規模と比べるには少々小さすぎるが、船内で生活する人間にすれば中々の問題。それは最近になって表面化し、一部においては大問題化している。ある種の人間からすればそれこそ世界規模に匹敵する勢いだと言わしめたのだから、もう放っておける地点を通過してしまった。
 それは「船内で菓子や花が落ちているよ事件」命名ディセンダー、だ。誰も居ない筈の廊下、ふと見ればぽつぽつと落ちている花と菓子。最初は誰かの落し物かと思われたが、発見者が両手の数を超えればそれも怪しくなる。始めはイタズラかとも思われたが、保管された証拠物件のカゴが山盛りになってくるとただのイタズラにしては金銭が掛かり過ぎているように思えた。しかも落ちている花、がくの根本から切られておりどう見ても人の手が入っている。それに時折、既に絶滅した種類の花も混ざって落ちていたのだからこれにはウィルが息巻いた。多岐に渡るこの落し物達、最初はおやつだなんだのと持て囃されていたのだが、今では少々気味悪い。
 船の持ち主であるチャットは特に怒ったが、それ以外にも掃除係を押し付けられる一部のメンバーも問題視した。掃除したのにゴミ捨てから帰ってくると花が! 結局僕が怒られたんだよ! とは憐れな少年Lの発言である。 

「まじかよー! 今日の甲板掃除は俺がしてやったっつーのに!」
「お掃除私も一緒にした、ユーリとルークで。朝はキレイにしたんだよ? でもさっき帰ってきたらまた沢山落ちてたの」
「ユーリも一緒に? ……朝から居ないと思ってたら、一緒に掃除してたのかい?」
「偶々だよ、むしろオレは無理矢理付き合わされたんだぞ?」

 胡散臭げに見つめるフレンに弁明をするが、いまいち信用されていない。胡乱な瞳で言葉なく責め立てる様はまるで此方に非があると言わんばかりで、ユーリとしては納得がいかなかった。しかしルークに対しての日頃の態度を自覚している事もある、ユーリは話を逸らすことにした。

「まぁほっといてもその内捕まるだろ、ウィルやナナリー達が張り切ってたし」
「マオやカイル達も、お菓子を貰うんだーって言って船内を歩きまわってました」
「お菓子はいいけど、お花が可哀想なのよね。偶に踏まれてグチャグチャになってたりするし……」
「潰されちゃうと、痛いし悲しいよ」
「俺は花なんかあっても無くてもあんま気になんねーけどな」

 元城暮らしのルークとしては、放っておいても庭師が毎日草木を美しく保っているし、メイドが毎日花瓶の花を入れ替えをしている。花がある日々はルークからすればあまりにも普通の事であり、それが花瓶にあるか床にあるかの違い程度。修行や船の生活で、多少はあれも人の手がある有難さなのだとは知ったが、それでも個人としては困っていない。
 集団生活の中で未だに個人感覚を貫くルークは相変わらずで、アスベル達としては苦笑するしかない。こんな時にどうこう言えるのは、彼の身内か……ぺちっとルークの額にデコピンを早速かましたユーリくらいなものだった。

「ちょ、こらユーリ! 何してるんだ!」
「いや、教育的指導?」
「てめー、イテェだろーが!」
「あ、ちょっと赤くなってますね……」
「お薬持ってるから、ちょっと動かないで」
「さすってあげようか、ルーク?」

 ぎゃいぎゃい、と最早何をしていたのか分からなくなった程度には騒ぎになった。いい加減音量が無視できなくなった頃にアンジュがやってきて、ホーリーランスでお仕置きされてお開きとなったのだ。それにユーリは内心ホッとして、結局は食堂に逆戻りでデザート作りに励む事にした。フレンがアスベルの修練を見ると言って別れたのは、流石に今回ばかりは感謝するしかない。しかし暇潰しにとルークとソフィが付いて来て、また別の意味で複雑な感情になったのはユーリ本人しか知らない事だ。







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