ゲージってのは内容がなんであれMAXにするのが誠意ってもんでしょう








 天変地異が起こりそうな程珍しいルークの祈祷により、吹雪が突然止んだ。それによって自ら率先して、実力行使で会話を切り上げ依頼を終わらせ、電光石火の早さで船へ帰還する事に成功した。アンジュにご苦労様、と労りの微笑みを受けているのを遠目で見て、苦労したのは絶対に俺の方なのに! と微妙に納得がいかない。
 今までルークの力は大体の場面で助けになってきた。そりゃあ面倒で迷惑な時もあったはあったが、どの場面でも基本的にルークの立場の方が上であり見えていたからといって気にするような事は無かったのだ。それがこのギルドに入ってから、特にユーリ・ローウェルがルークに惚れた事を知ってからは妙に居座り悪く、考えるようになってきて……こちらのペースを崩される。好きなくせに皮肉ばかり言って、好きなくせにちっともそんな態度をしない。さっさと言えばさっさと終わらせられる、もう気にしなくてよくなるというのに。ああ面倒くさい。
 今までで一番疲れた。さっさと部屋に帰ってベッドに飛び込みたいと考えていると、ぐいっと左手を引っ張る者が居た。あまり強く握っていないが離す気がしない手だ、振り返って見ればそこに居たのはユーリ。まだ何かあるのかと顔を顰めて睨み付ければ、全く意に介さないむしろ相手の方がちょっと怒っている顔が見えた。

「雪山で体冷えただろ、ココア淹れてやるから食堂に来い」
「はぁ? んなガキみたいなもん飲まねーよ」
「ココアがガキの飲み物って発想が既にガキだと思うけどね。いいから来いって、どうせこの後暇なんだろ。ついでにその手首の包帯も巻き直してやるから」
「うっせーな、包帯も飲み物もガイにやらせるからいーっつーの! 大体テメー言い方が押し付けがましいぞ!」
「ガイー、5歳まで寝ションベンたれてたお坊ちゃん借りてくぞー」
「ふふふふざけんな違うっつってんだろあれはジュースがこぼれた跡だっつーのおおおおっ! いててて引っ張るなてめえええっ!」

 不名誉な話をよりにもよってエントランスで出さないでもらいたい。あれは本当にジュースがこぼれたのだ、偶然オレンジジュースだったのでシミを見つけたメイドが微笑ましそうに内緒にしておきますね、と言い思いっきり庭にシーツ1枚干したせいで噂が噂を呼びおねしょだとかそんな尾ひれがついただけなのだ! 何度もそう説明しているのに誰も彼もにこやかに微笑むものだから、あの時ばかりは人間不信になるかと思った。今またその話をするとは思っていなかったが、引っ張られるまま轟々説明しても肝心のユーリはちっとも振り向こうとしない。だが時折肩が震えているので絶対笑っている、なんて嫌なやつなんだこの野郎絶対手酷くフッてやる! 決意を強く結び直し、ふたりは食堂に入った。

 食堂に入る寸前、忙しそうなリリスとすれ違う。中を見れば珍しくロックスがパタパタ飛び回り食器をしまっているだけで他に誰も居ない。昼を過ぎて夕方前の中途半端な時間だ、ロックス達の忙しさに火が点く直前なので船内に残るメンバーは手伝いを申し出るか近付かないかのどちらか。ユーリは座ってろ、と言いキッチンに入る。残っている食器を片付けロックスと一言二言交わし、何やらガサゴソ動き鍋に火を付けた後戻ってきた。

「包帯巻き直すから、手ぇ出せ」
「もう痛くねーよ、ヒールかけたからなんともねぇ」
「今日一日は巻いとけって、明日痛くなりたくねーだろ」
「うっせーなー」

 唇を尖らせ抵抗の意を示すが相手はそれを許す素振りが無い。押し問答も面倒なのでルークはぶっきらぼうに右手を差し出し、ツンと顎を逸し勝手にやってろ、と態度で表明する。ユーリは苦笑でさばき、雪で濡れた包帯をするするほどいていく。手首に異常は無いか小刻みに確認し、痛い所は無いか? と聞いてくるのをルークは無視する事で返事した。テキパキと新しい包帯で巻き直し、少し痛いくらいキツ目にテープで止める。わざとかこの野郎、と思い少しだけ振り向き睨み付ければ鼻で笑われた。

「ユーリ様、ミルクが温まりましたので火を止めておきましたよ」
「ああ、ありがとな今行く」
「すみません私は洗濯物を取り込みに行きますので少し離れますが……」
「構わねーって、オレ達の事は自分でやるから気にせず行ってくれ」

 申し訳無さそうな顔でペコリと謝りロックスはパタパタと食堂を出て行く。プシュウと閉まった後の扉を見送り、なんだか無駄に音が無くなってしまったなと感じる。ユーリはキッチンに入りまた何かがさごそやり始めており、ルークは微妙に手持ち無沙汰だ。右手首をぎっちりと固定され息苦しいが、剣士の身で怪我がクセになるのも確かに嫌なので渋々そのままにしておく事にする。暇なのでキッチン向こうのユーリを見れば、丁度カウンターの構造で本人は見えるのに頭上の数字とゲージが見えなくなっていた。
 物で遮れば簡単にルークの力は及ばなくなる。考えてガイ達に帽子を被らせた事はあるが、背の高いシルクハットでもない限り全くの無意味だったのは苦い記憶だ。過去ルークは薄目で相手を見たり、上半分を黒紙で隠したメガネをかけたり様々試したが、これといって有効そうな手段は見つけられないまま現在に至る。あっても特に便利でもないし利用はしていないのだが、時々うっとおしいと思う事はやっぱりあって、ある日突然消えたりしないだろうかと想像する事はあるが今まで一瞬たりとも力が消えた事は無いのでおそらく儚い夢なのだろう。
 ユーリはルークをどう見ているのだろうか。ルークのように相手が自分の事を好きなのか嫌っているのか分からない時、でもそんな相手を好きになった時。同性で色良い返事をもらえる望みが無いから、ユーリは反応せず普段通り素知らぬ顔をして生活しているのというのだろうか。もしくは……ルークの力はただの幻想で嘘、という可能性も。
 ルークはこのギルドに来てからというもの、このギルドのせいで、ユーリのせいで、考える事が増えて増えて面倒くさくてしょうがない。百歩譲ってアドリビトムは良い、クレスやロイド達に会えたのは確実に良い事だと言える。だがユーリ・ローウェルは諸手を上げて歓迎できる存在ではなかった。初対面では馬鹿にされたし、皮肉口で喧嘩売ってくるし、かと思えば突然好きになってくるし。なのにそんな素振りは一切見せない。なぜそんな風に正反対なんだろうと疑問に思い観察していれば相手は意地悪な口で絡んできてゲージを濃くして、でもしょっちゅう喧嘩で終わる。意味が分からない。最近そうやってユーリの事ばかり考えているような気がした。

「ほらよ、ピーチパイが残ってたから一緒に温めたぜ」
「ん、……ってなんだよこれ! なんでピーチパイに生クリームのってんだよ!」

 ぼーっと考え事をしているといつの間にかユーリが戻って来て、目の前のテーブルにココアとピーチパイを切り分けた皿をコトリと置いた。ココアの甘い匂いと、パイ生地の微かに香ばしい匂いが鼻孔をくすぐっていくのに、視線を下ろして見ればピーチパイの上にぽってりと生クリームが盛られているではないか。パイの熱で少し融け、蜜と一緒にとろり垂れている見た目は大変に甘そうだ。甘味好きならば喜ぶかもしれないが、そこまで甘い物好きではない者からすれば盛り過ぎで見るだけで胸焼けを起こしそうである。
 ユーリが大の甘味好きだという事はよく知っていた、だがそれを他者へ強引に勧めるような人間では無かったはず。どういうつもりだと今度こそ正面から睨み付ければルークにとって意外すぎる返答が帰ってきて驚かされる事となった。

「こんなクソ甘ったるい食べ方すんの大罪人だけだろ、こーいうのは自分が食う分だけにしろよな!」
「そうだなぁ、こんな食べ方するのはオレと……ルークくらいだな」
「なっ!」

 びくりと驚き背中を飛び引いた。何故その事を、何故こいつが。頭の中が混乱してまともな言葉が出てこなくなったが、以前こっそり試した甘ったるい味がもやもやと勝手に思い出されていく。

「お前、前にひとりで街の飯屋でピーチパイと生クリーム頼んで食ってただろ。オレの真似してな」
「お、おおおおお前なんでそれ知って! ……あっ!」
「いや偶然その店の厨房が足りないってんで依頼に行ってたんだよ。客のひとりがメニューに無いピーチパイとトッピングに生クリーム持ってこいなんて普通の定食屋で言ってるってんで、どんな奴かと思えばお坊ちゃんでね」
「ち、ち、ち……違う! あれはその……やたら熱心にこの食い方が美味いって言う奴がいて試してやろうかなって気になっただけで!」
「そーそー、あの時の力説で実際試したのはお坊ちゃんだけだったみたいだけどな」

 テーブルに肘付き嬉しそうに笑う、その表情にルークはカッと頬が燃える。
 以前クレアのピーチパイをユーリが生クリームどっさり乗せで食べていた時、ヴェイグの無言の圧力を受け、いかにこの食べ方が美味いか懇々と説いていた。最終的に人には人の食べ方がある、という結論の元ふたりは和解したのだが、周囲としては甘い物に甘い物を乗せる食べ方を評価しない方向へと傾いている。偶然その場に居合わせていたルークは当然ふたりのやり取りに呆れはしたものの、普段の態度を反転させるように熱く語るユーリを見て、あいつをそこまでさせるならば余程美味い食い方なんだろう、とひとり街に降りて試してみたのだ。結果、くっそ甘過ぎて食べられたものじゃないという結論。一口二口は美味しいが、半分食べて嫌になり一切れ分完食すれば胸焼けに苦しむ。
 しかしあの場面を見られていたとは……なんてタイミングの悪さ。同時に、今やたら嬉しそうに笑顔なユーリを疑う。まさかその時の事を笑うつもりなのだろうか、なんて嫌な奴だとは思ったがどうにもそんな嫌らしい表情ではなかった。むしろ声がどこか弾み、嬉々としている。

「最初は美味そうな顔して食ってたけどすぐうんざりした顔になって、残すかと思ったけど全部食ったし」
「の、残すとうるせー奴が多いんだよ!」
「そうそう、案外周囲の影響受けてんだよなルークは。貴族王族なんてふんぞり返って人の意見聞かない奴ばっかりだと思ってたからな」

 特にお坊ちゃんみたいなのは。そう笑いながら言うユーリの顔は少し意地悪い。ムッとしたが、ルークも身に覚えがある部分なので言い返さず黙っておく。国に居た頃は自分の立場が上から数えた方が早かった事もあり、大抵の事は叶うし不自由しない生活を送っていた。修行の旅を初めて世界を覗き、避難してバンエルティア号に乗ってからは自分以外を強く感じるようになる。それはうっとおしくもあり、新鮮でもあった。疎ましいも好ましいも考えていなかった自分の力の事を考えるようになったし、好かれた方が嬉しいと無意識で考えていた事を今更ながら意識した。
 だがその事実をユーリ相手に認める事は出来ない。気恥ずかしいのもあるが、どうして気持ちを隠しているユーリへ自分が真実を白状しなくてはいけないのか。こちらが素直になるのは、相手が素直になってからだ。そんな事有りそうに無いだろうけれど。
 黙って睨むルークをどう取ったのか、ユーリは苦笑しながら奇妙なフォローをしてくる。

「王子様だなんだの言っても、全然ただのそこらへんに居るようなガキと同じだなって……まぁオレが勝手にしてた誤解を勝手に解いただけなんだけどよ」
「誰がガキだ誰が!」
「いいじゃねーか、少なくともこのアドリビトムじゃ肩書きなんて無意味だろ」
「そ、そりゃそうだけど」
「ただのクソガキなんだから、普通に喧嘩するし普通に仲良くするもんだ。それで……いいじゃねーか」

 口角をなだらかに曲げ柔らかく微笑む。どこか満足気で、自分で自分の言葉に頷いている様子だった。そしてルークはユーリのそんな顔を初めて間近で受けた事により謎の衝撃で固まってしまう。手の平に汗がじんわり滲み背筋が伸びて、首が錆びた鉄のように動こうとしない。ユーリの微笑みに釘付けになってしまった。向い合ってお互い顔を見ているのに数字が視界にも入ってこないなんて初めての事、気付かない内に息さえ止めており、緊張に耐えかねルークはむりやり瞼を閉じた。抵抗してくる瞳を強引に、数回瞬き、しかし目を開けばつい習慣として相手の頭上を見てしまう。今見ては……なんだかよくない気がしていたのに。
 だが、そのゲージを見て気付く。嫌悪度が随分下がっているではないか。ゲージを見ればもうほんの薄っぺらい、有るか無いか分からないくらい。数字を見れば、5。一桁なんてそれこそ初めて目にする数字だ。5なんて一口あげると差し出したスプーンをさっと引いてフェイントをかける程度で上下する数値なのに、そんな僅かな嫌悪。
 母親を下回るなんて初めて見た。つまり人間的にそれ程までユーリはルークを許容出来るという事、なのだろうか。5なんていったいどこをどうしたらそこまで下がるんだ、もしや嫌悪度とは単純に嫌いという感情ではないのかもしれない。だからガイは今でも一定数下がらないしアッシュもあんなに高いままなのか。今まで数字の意味を詳しく調べなかったツケがここにきてルークに回ってくる。だがそれでもユーリの5とは圧倒的だ。何をしても怒らない? いや絶対怒るに決まってる、こいつこそ相手が誰だろうが怒る奴なのに。

 ではどうして。決まってる、ルークが好きだから。それ以外思い当たる所が無いのだから消去法で妥当じゃないか。そして今の話をした途端嫌悪度は下がったのだから、ユーリは改めてルークへの感情を言葉にしたという事。だから嫌悪度が変動したのだろう。
 こんなあからさまな奴、ルークは見た事が無かった。自分のやり方に共感して試した、こいつはそんなくだらない事でルークを好きになったと言うのだ。長年寄り添ったとか命の恩人とかでもない、こんなちょっとした事、チョロ過ぎるだろう。普段の態度と違いもしかして根はロマンチストだとかいうならば笑える、そう思って口を開くが言葉が出てこない。親でも従者でも兄弟でもない温度の瞳がルークを見つめてきて、どこにも逃してくれないのだ。

「こんな事、で……」

 ぽつり掠れるように呟いた言葉ですら声に出来なかった意気地の無さ。何時ものように怒って有耶無耶にしてしまえばいいのに、どうしてか頭がボーッとして上手く考えられない。考えられる事といえば目の前の事ばかりで、要するにユーリの事ばかりが占拠する。
 真っ赤なゲージは今でもどんどん濃くなり最早黒に近い、このままではこの男の髪色になりそうだ。生まれてからずっと共にある力にまでも影響を及ぼすとはなんて奴だろう。こんなに馬鹿な奴なのに。ユーリは馬鹿だ。たったあれだけの事、同性で、自分が嫌いだと宣言していた立場の奴に惚れるなんてとんだ考えなしだ。馬鹿だ、馬鹿だ、大馬鹿だ。罵倒すればするだけ頭の中がユーリで埋め尽くされていき、他の事を考えられない。
 ひとり抜けだし街でピーチパイ生クリーム乗せを食べてからの、見られて以降のユーリの記憶がどんどん思い出されていく。その殆どが皮肉で隠した気遣いばかりだったような気がする。今朝のように喧嘩をふっかけるような乱暴な言い方ばかり。ガイが言っていた、返答しやすいようにと。だからもっと素直に心配だからと言えばいいじゃないか、そうすればルークだって少しくらいは聞いてやろうと思うかもしれないのに、あいつはとんでもなく面倒くさいぞ。好きな相手ならもっと相応しい態度があるだろう、何故逆になるのだろうむしろユーリの方がガキだと言える。
 そんな風にルークは頭の中で罵詈雑言を、今までのユーリを言葉で追い詰めた。だが追い詰められているのは不思議と自分のような気がしてならない。それを振り払いたくて何度も、何度も馬鹿だ馬鹿だと繰り返す。馬鹿じゃね、ばかだよ、頭悪すぎる。別の言葉に聞こえてきて沸騰しそうだった。

 耐えられなくなり、ルークは皿を手に持ってくるりと背中を向ける。包帯を巻かれた右手は動かし難いしピーチパイが熱々なせいでちっとも進まない。それを知ってか知らずか背中からはクックッと笑うユーリの声。数字もゲージも見えないが、多分今見れば真っ黒なゲージに狼狽えてしまうに決っている。こんなチョロい大馬鹿なユーリの事で動揺なんてしたくない、ドクドクうるさいこめかみごと纏めてルークは無視する事に決めた。
 ぎくしゃくしてしまう体に汗と緊張、理解不能な動揺・動悸。一度に起こり過ぎてピーチパイ生クリーム乗せの甘ったるい味すら分からなくなってきている。こんなに自分が保てない、否定してしまうなんて初めてで気持ち悪い。他人の心の端を見れるのだから自分は余裕があると今までは思ってきたのに、今こんなにも前後不覚で首がちっとも曲がらない。
 絶対嘘だ、間違いだ! 自分の力で表示しているものが悪い、あれのせいでこんな知りたくもない事を知ってしまう。だからもう全部無しだ、幻で幻想だったという事で良い。17年間共に歩んできた能力だが、今の一瞬の為に否定する。無かった事になっても構わないと思った、こんな動悸の方が耐えられない。ユーリは俺の事好きじゃない、好きなんかじゃない、絶対違う! 何度も否定しているのに振り返る勇気が出なかった。振り返ってあの微笑みとゲージと数値を見てしまえば皿を落としてしまう予想が簡単に出来てしまい、今日はもうこのまま何も見ずに一日を終えたい。
 しかしトントン、と肩を叩く誘惑に耐えられない事も簡単に予想出来てしまうのだから、ルークは全ての責任をユーリに転嫁するしか方法が無いのである。ユーリが悪い、ユーリがばかだ、ユーリが俺に惚れるからだ。だから、だから……どう返事をしたものか。
 また新たな悩みが生まれるのは当然の結果なのだった。






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