ゲージってのは内容がなんであれMAXにするのが誠意ってもんでしょう








 とりあえず簡単に右から、クレス45・71・18。ロイドは37・74・16。と、かなりの高水準。数値なんて見なくともふたりの態度を見れば友人として慕ってくれている事は十分分かるのだが、これは勝手に数値化されてしまうのでルークには止めようが無い。昼食時に食堂で、依頼前に腹ごしらえをしながら談笑。好き嫌いの多いルークがロイドへトマトと幾つかトレードし、クレスの皿に数点転がして無事解決だ、背中からリリスの痛い視線が刺さってくるが残すよりマシだとお情けをかけてもらっている。

「あ、ロイドこの後クレス達と依頼に行くの?」
「そうだぜ、コレットも一緒に行くか?」
「ううん、私はカノンノと約束してるから。頑張ってね」
「任せとけって、コレットも転んでケガするなよ」

 食堂に入ってきたコレットが嬉しそうに話しかけてきた。クレスとルークにもにこりと笑い気をつけてね、と言ってクレアから水筒を受け取りまたすぐ出て行く。ロイドは出て行った扉を少しの間見続け、廊下で転んだ音が響かないか確認している。その間数値は出てこない。数分して何も聞こえてこないと分かるとくるり振り向き、皿の残りを食べ始めた。こちらの目を見て話していると、すぐ数値は表示を始める。

「今日の依頼は遺跡の採取を取ってきておいたよ」
「げー、どうせなら討伐の方が良かったっつーの! 採取ってなんか地味なんだよな」
「質が良いの採れると嬉しいじゃんか、勝負するかルーク?」
「はん、言ったな! ぜってー俺が勝つ!」
「勝負も良いけど、魔物も出るから気を付けて行こう」

 クレスが纏めて、タイミング良く皿も空になった。来たばかりの時は後片付けなんて自分がするものだとは思って無かったルークだが、今ではリリス他の調教……教えに従い自分の皿は自分で洗い場へ持っていく。小さい体で器用にロックスが食器を洗っている中、ほらよと渡せばありがとうございますルーク様お気をつけていってらっしゃいませ、とにこやか。そのさい数字がピコッと少しだけ変化して53・61・19に。ロックスは船員全員を家族か何かだと思っていそうだ、普段の献身さを考えれば外れてないだろう。それになんとなくぽわっと感じてルークはつい素っ気なく、乱暴に返してしまうのだ。

「おいブタザル執事、今日の晩飯はチキン料理にしろよ!」
「分かりました、美味しいチキンをご用意しておきますね」
「ルーク、みんなの食事を作るだけでも大変なのに無茶言っちゃ駄目だよ」
「でもロックスのチキンステーキ美味いんだよなぁ! 俺も楽しみにしてるぜ!」
「はい、腕によりをかけてお作りしますよ! 暗くならない内にお帰りください」

 我儘を言ったはずなのにサラッと受け入れられてしまい、なんだかこれでは自分が悪いみたいじゃないか。しかしロックスのチキンステーキはわりと美味い、実家でシェフの料理に慣れているルークでも文句は出ないくらい。ちらりと周囲を見回せばまーたルークが無茶言ってるな、といった皆の表情。それぞれ3番目の数値が少しだけ上がるが夕食のメニューを知って悪くないと考えたのかすぐに下がっていく。
 現金な奴らだな、と笑いそうになるのを誤魔化す為にツンと顔を背けたままルークは食堂を出る。後ろから水筒を持ったクレスとロイドが追いかけてきて、消耗品はどうする? 武器は……と何事も無かったかのように会話を。なんだかな、こいつら。まだまだ口元がむにゃむにゃ歪みそうになるのを我慢した。


 ルークには物心ついた時から不思議な力がある。残念ながら魔法は使えないしカノンノのような見知らぬ世界の風景を夢に見たりはしなかったが……簡単に言えばルークに対する他人からの好感度が数値化されて見えるのだ。ルークに意識が向いている状態で相手を見れば、その頭上に数字が浮かび上がりルークを好きか嫌いか数値とゲージではっきり現される。
 ゲージは左から愛情度・友好度・嫌悪度の3本、その下に数字が記載されるのだ。この3点は案外大雑把に上がり下がりするがおそらく間違いは無いだろう、といっても人の心を覗ける訳ではないので確認した訳ではないのだが。
 初対面の人間は大体3点とも30前後から始まり、友好的になれば1と2が50辺りで一度止まる。50が分水嶺になるらしくそこを超えるとかなり深くなるらしい、つまり最高は100なのだろう。先程上げたクレスとロイドの数値、あれを例に上げれば友人としてかなり信頼している事が分かる。嫌悪度は最低でも10を切る事はそう無い、なんというかどれだけ親しい相手でもここは好きじゃないポイントというものはあって、親しい間柄だからスルー出来る数値なのだろう。両親ですら0ではないので、これは人間的にどうしようもない範囲だと予想出来る。

「ルーク、今からクレス達と依頼か? 俺も付いていこうか」
「ガキ扱いするなっつの、ウゼーぞガイ!」
「はは、心配しなくてもルークはちゃんとやってるよ」
「時々びっくりする無茶するけどな!」
「クレスもロイドもうぜーっつの!!」

 エントランスホールで部屋に戻る最中のガイに声を掛けられ軽い一悶着。顔を合わせればすぐにゲージと数値が表れ愛情度72・友情度84・嫌悪度28。相変わらず意味の分からない極端な数字達だ。昔から付き合いがあって家族みたいなものではある、随分心を砕いて接しているのは自分も感じているのだが、それにしては嫌悪度がちょっと高いな、という疑問が残るのだ。ゲージが見えるのはルークだけなので、この数がどんな意味で28なのか分からないのはもどかしい。
 記憶を引っ張り出せば初めて会った時は、にこやかに接してくる態度以上に嫌悪度は高かったのだ、確か60くらいあったはず。それが時を重ねるごとにどんどん減少していき、愛情度と友情度はこの有り様、だが嫌悪度はここから下がる様子は無い。ガイは最初ルークを嫌っていたが、段々気に入って好きになった……そう考えるのが自然だろう。だが出会った当時はお互い本当に子供だったのに、何かそれ程までに嫌われるような事をしただろうか? そもそも初対面だったはず。今だルークはガイに、何か自分に含みを持っているのではないかと聞けていない。
 極端な数値といえば双子のアッシュもかなりの極端さ、彼はガイ以上に明快で複雑だ。何せアッシュは全ての数値が80できっちり止まっている。愛情も友情も憎しみも高水準、流石アッシュ。昔は愛情度と友好度だけが60付近でゆらゆらしていたのに、成長するにつれて嫌悪度がもりもり上がってきた。登城するようになった頃なので政治に首を突っ込み始めた辺りだ、王位継承者の影という立場と双子の兄にモヤモヤしているのだろう、クソ真面目だから。しかし同時に愛情も友情ももりもり上がってるんだからどっちなんだお前は、双子ながらさっぱりである。

 と、こんな感じで身近に居る人間達からの感情情報がダイレクトに入ってくるものだから、ルークも当初は随分振り回されたものだ。笑えない程の嫌悪を持ちながら微笑んでくる大人や、冷たい言葉と態度のクセに友情度は高い相手等々。
 誰かにこの能力を告げた事は無い。何しろ今だにこの数字は本当で確実だという確証が得られない上、人の心と態度は数字では表せないのだから。だから余計困る。笑顔で近付く人間を嘘っぱちだと思いながら、きつい言葉を吐く相手に近付く。はっきり言って面倒くさい。もっと分かりやすく、人間素直が一番だと思うのだがどうだろう。幼い頃からそうやって相手の裏を覗き見て、こいつは信用出来る出来ないと振り分け、嫌にならない訳がない。元々心を隠して上辺の付き合いをする必要も感じない立場と性格だったもので余計に。
 その点アドリビトムの人間はほぼ単純であり真っ直ぐな者が多く、40を超える程の嫌悪をルークに抱く者はどこにも居なかった。初対面は喧々としていたが、共同生活を重ね連帯感が育ちつつある今ではほぼ皆が皆家族やら兄弟感覚でいる。それにちょっとだけ浮かれ、けれどどこか憂鬱だ。今まで自国や特に実家の人間ばかりで他人の感情を見ているという自覚が無かった、様々な国や場所から寄り集まり目的や考えをバラバラにした者達を初めて見る。実家のメイドでも無いのに我儘を聞いてくれたり、教育係でもないのにルークを叱ってくれたり、なんだか胸の奥底がたまらなくムズムズする。一度気になるとどんどん罪悪感が生まれ、クレスやロイド達は自分のように相手が好意を抱いていると確信を持っていないのによく親しくしてくれるものだ、いや他の奴はそれが普通なのか、もしかして自分はとんでもなく卑怯な事をしているんじゃないだろうか……そう考えるようになってきた。
 人の心の端を勝手に盗み見ている感覚。欲しいと願った訳じゃない、最初から持っていたものだし、数値は絶対だと確信ある訳でも無く。だが、多くの意識に触れるようになりルークは今更ながら、自分の力を憂鬱な原因だと思い始めている。覗き見ているアドリビトムメンバーが好ましい人間達ばかりなのが特に。

 目を瞑れば当然見えなくなるが根本的解決にはならない、だが見えなくするにはこれくらいしか対処法が思いつかない。パチパチと瞬きを多く、他者からの視線を感じなければ数秒瞳を閉じておく。そうやっていると今度は元気ないな大丈夫か? と心配される訳だ。少し黙っているだけで心配されるとは、そんなに普段ギャンギャン怒鳴っていると思われているのだろうか心外である。
 この船には科学者が多く相談してみようかなと思った事はあるのだが、そうなると今まで他人の心を見ていたという事実も話さなければならなくなるのが正直気不味い。まぁここの船員達は気にし無さそうだが繊細な自分は気にするのだ、環境が変わり友人を得て変化したものは思っていたよりも多くて自分で驚いている。気にするつもりは無いしどうでもいいと思っているが、クレスやロイド達、カノンノやロックスに嫌われるとちょっとだけ……嫌かも、しれない。
 誰かに嫌われると嫌な気持ちになるなんて、以前はそんな事両親かヴァン相手にしか思わなかった。そりゃ嫌われるより好かれた方が良い、わざわざ顔も見たくない相手と顔突き合わせて喧嘩したいとは思わない。……ではあるが、最近その件に関して困った事になっている。




*****

「よう、お坊ちゃん」
「んだよ、テメーかよ」

 見たくない顔に会った、そんな顔で返事をすれば相手も似たように口元を歪ませ半眼をよこす。廊下でユーリ・ローウェルにばったりと会いしょっぱなこんな感じだ、隣のフレンがすぐに眉を尖らせ止めないかと小言を。まだ特に言い合いもしていないが、先に周囲が止める体勢に入るものだからむしろご期待に答えてやろうかなという気になる。しかしそれを察したガイが先に声を掛けた。

「そっちはこれから依頼なのか?」
「ああ、これからロニール雪山にね」
「暇ならあんたらも一緒に行くか? って愚問だったか、あんな寒い場所にお坊ちゃまが行く訳ないよな」
「暇だし寒いのが嫌って訳じゃねーけどその言い方がムカつくから行ってやらねー」
「腹出しのクセに暑い寒いはちょっとでも駄目なんだっけ、それならしょうがないさ無理は言わねーって」
「軟弱者みたいに言うんじゃねームカつく! ロニール雪山程度の寒さ屁でもねーっつの見てろよ!」
「良いのか本当に? この後昼寝するとか言ってたろ」
「お子様はたっぷり寝た方が良いぞ、身長伸びねーからな」
「俺はこれから伸びるんだよ!」
「ミルク嫌いで昼寝もしない運動もしない奴の前途があるとは思えねーが……まぁ希望くらいは持ってても良いと思うぜ」
「あームカつくてめええええ!」
「ユーリ、どうして君はそんな言い方しか出来ないんだい!」

 遂にフレンの実力行使が入り言い合いは中断され、ユーリは軽く笑ってくるりと背を向けエントランスへ出て行く。煽られ怒りで顔を赤くするルークはどうしてやろうかあいつ、と収まらない。フレンは申し訳なさそうな顔で親友の謝罪を代わりにしている。

「申し訳ありませんルーク様。言い方は悪いんですがあれでも外に出ないルーク様を気にして誘っているんです、もし良かったら一緒に行ってやっていただけませんか」
「はは、だってさルーク。どうする?」
「ったく、あいつ喋らない方がいいんじゃねーのっ!? 行くっての、どうせ暇だったし」

 フレンの顔でそんな風に弁明されると、本当にそうなんじゃないかと思えてくるから不思議だ。皮肉な口調は多いが船内の様子を知る者ならば奥に潜む気遣いを察する事が出来る、それが外観からのユーリ・ローウェルだ。ルークはその評判を知らずとも、わざとああやって煽り口調をしている事を知っているが。
 ユーリを追いかけて廊下を出るフレンの背中を見て、ルークは唇をツンと尖らせ気難しい顔をする。隣のガイはそれを不満気な表情だと感じたのだろう、ソツのないフォローが飛んできた。

「気兼ねなく返事出来るようああ言ったんだろ、ユーリらしいよ。それでどうする、本当に行くのか?」
「あったり前だろ! ガイ、コート用意しとけよ!」
「はいはい」

 準備をガイにさせ色々言いたい事を足取りに乗せて廊下を進む。エントランスホールへ出ればアンジュに依頼を取っている紫黒の背中が見えてルークの眉はますますぐんにゃり曲がっていった。こちらを見なければゲージは表示されない、だから今は何を考えているのか分からない……。しかし背中に刺さる視線に気が付いたのだろう、ユーリは振り向きルークを見つけ、小馬鹿にしたように軽く笑った。瞬間ムカッとしたが、隣のフレンがぎゅっとユーリの足を踏んづけたので少しだけ胸がすく。
 本当に、あいつはどうして自分にあんな態度を取るのだろうか。貴族嫌いだとは聞いているが連れているエステルだって王族じゃないか、女だから許すなんて言うなら大分イメージが変わる話ではあるが、とにかく。

「……んだよあいつ。俺の事ちょー好きなクセして」

 ボソリと口にすればタイミングよくユーリがやって来て消耗品の小袋を手渡してくる。受け取らず睨め上げればそれを反射させたような、小憎たらしい顔。その真上にあるゲージと数字は……見事なまでに100・100・50だ。
 愛情度も友情度もフルマックス、数字だけで判断すれば完全にアイラブユーとか言い出してもおかしくない。むしろ跪いて忠誠を、とか言うくらいなはずなのに。なのにユーリはちっともそんな様子を表に出さないのだ。ルークに対し優しくも甘くもない、皮肉口はさっきの通りで変わらずむしろ意地悪気味だと思う。
 普通好きな相手には良い印象を与えたいと思うものではないのか? 男女間だけの話だと言われてしまえばそれまでだが友情にしたってあれでは冷たすぎる、フレン程付き合いが長い人間でなければ少なくとも好かれているとは露ほども思うまい。
 そもそも最初出会った時、ユーリのゲージはあんなにも高くなかった。最初にある程度ルークの話を耳に入れていたのだろうほんの少し多めの嫌悪と、普通くらいの友好度だった。初対面で何だよ、とムカッとはしたが過去にはもっとあからさまに当て擦る反比例した人間を見てきたので我慢……はあまりしなかったが許すつもりでいたのに、正直に数字通り口にした人間は初めてだったので驚いたのを覚えている。同時にやっぱりムカついて怒ってしまったが。
 それから同じバンエルティア号で生活しているのだからちょくちょく顔を合わせては口喧嘩してなんやら、嫌悪感は少しずつ下がっていったがそれ以外はあまり変動しなかったのに。ある日見てみれば突然、愛情度と友情度が半分を通り越して80になっていた。数日もしない内にマックス100で、もう真っ赤っかだ。数字が対応していないので100のままだが多分100を過ぎて2週目に突入している。なのに何故か嫌悪感だけ50、と増えている所も解せない。好きなのか嫌いなのか一体どちらなのだろう、好意としてはおそらく増えてはいる、だが嫌悪も増えている。分からない、さっぱりだ。あまり複雑な人間関係を知らないルークは大いに困った。ユーリのせいでもしかしてこの自分にだけ見えているゲージはただの幻想で、頭がおかしくなっているのではと一晩眠れない程心配したというのに。
 自分が何か、惚れられるような事をした覚えがちっとも無い。数日まで記憶を遡っても思い出せないくらいごく普通の日常だったはず。朝起きたら誰かを突然好きになるなんて有り得るのだろうか? 同性で嫌いなタイプ、お世辞にも仲が良かったとも言えない相手。それくらいならば親友へフォーリンラブと言う方がまだ有り得るだろう、時々ユーリはフレンの居ない所で無自覚自慢をしている。うざい。
 どれだけ考えても分からないし、ユーリの態度はちっともそれっぽく変わらない。見えない所でデレているとか? エステルに探りを入れてみたが日常ルークの名前すら出さないそうだ、あの野郎。いや待て、先程フレンがユーリは外に出ないルークを気にしてあんな言い方をしたと言っていたじゃないか。もしかして余程親しい間柄でなければ心は明かさない系というやつか? 人の事には口を出すくせに面倒な奴だなそれは。しかし時々ジュディスと共感しているように薄ら寒く微笑んでいる場面を見るのだが、あれは違うのだろうか。
 ああ面倒臭い、どうして惚れられている側である自分がこんなに悩まなければいけないんだ。さっさと告白してくれば後腐れなく綺麗さっぱりフッてやるのに、あいつは意気地なし過ぎる。さっさとこのもどかしいモヤモヤを晴らしたいのに、相手がアクションを取ってこなければただの自信過剰だ。……やっぱり自分にだけ見えるこのゲージ、本当にただの幻なのかもしれない。自分に都合の良い数字を作り上げて慰めている、だとか。……なんて虚しい奴なんだ自分は!
 頭を抱えて突然歩みを止めるルークに気が付きユーリは振り向く。どうした? と軽く尋ねてくるがその眉は少し真剣に見えるかも、しれない。真上のゲージは嫌悪度がにゅーっと下がっていき45、隣の2本はどんどん濃くなっていく。くそ、こいつやっぱり俺の事めちゃくちゃ好きなんじゃねーか! 意味分からねぇ!


 寒さが吹雪くロニール雪山、相変わらずここは何時訪れても寒い。ルークはガイが用意したもこもこのコートをしっかりと着込み、鼻水を垂らしつつ文句を言いながら足を動かしていた。

「あーもー雪うっぜぇ! 前見えねーし歩き難いし最悪だな、なんでこんな所で剣振り回さなきゃなんねーんだよー」
「靴にスパイク付けた方が良かったかもしれないな、滑らないよう気を付けろよルーク」
「剣振り回してるのは主にオレ達だと思うんですけどねぇ」
「やっぱり他の場所を選べば良かったかな」
「誘ったのはオレだけど来るのを選んだのはあっちだろ、フレンが気にする事ぁねーさ」
「そーだぞ大罪人、お前が悪い!」
「へーへー、すいませんで」

 ビシィと指差せば全く気にしていない様子の背中がどんどん先に進んで行く。フレンは気にして後方のルーク達をチラチラ振り返る、そのゲージは50・25・23と実にお手本みたいな一歩引いた数字。背中を向けているせいでユーリの数字は見えないが、嫌悪度が上がっていたらちょっとドキドキするかもしれない、なんて考え。別に構わないじゃないかあんな奴に嫌われようとも、フるつもりなのだし、と心の中で言い訳を。
 しかし体を動かさなければ体温はちっとも温まらない、憂鬱だがそろそろ戦闘に参加しようと柄へ手を伸ばす。すると図ったかのようなタイミングで魔物が前方を塞ぎにやって来たではないか。先を歩くユーリ達は既に武器を抜いており、踏みしめ難い積雪を跳ね飛ばして戦いを開始した。
 雪なんて存在しないかの如くユーリは踊るように、フレンは重い足取りで重い一撃を加えていく。親友同士のコンビネーション、というやつなのだろう。傍目からから見てもふたりの動きは対照的かつ息がピッタリだった。
 羨ましいと思う反面、嘘っぱちに見えてしまう自分の瞳にうんざりする。ルークの目にはルークに対する気持ちを数値化して教えてくれる便利なものがある、だが同時に人の裏側を強制的に見せつけられ信じられなくしてしまう。あのふたりは親友で幼馴染、ずっと一緒に生きてきた。確実なものが見えないのにどうしてお互いをそこまで信頼出来るのか。ルークの近くにいるガイも数値としては高いが自分には決して口を開かない秘密を持っている気配がするし、アッシュもルークを嫌っている態度を取るのに数字は裏切っている。
 分からない。幼い頃から相手が自分をどう思っているのか分かるのが自然で当然だったから、数字も態度も裏切るあの男の事がさっぱりちっともまったく理解出来なかった。理解出来ない男の事なのに、その周囲に集まる人間はユーリを信頼した瞳で見るのが……羨ましいと思えてしまう。そんな自分がますます理解不能になりそうだ。

「はあああっ……魔神拳ッ!」
「よっと、こんなもんだな」
「吹雪が強くなってきたな……どこかで落ち着くまで待った方が良いかもしれない」
「ならこの先にかまくらがあるから、そこで一休みしよう」

 雪を切り裂く衝撃を受けて最後の魔物は倒れた。吹雪は思ったより強くなり、本当に視界が塞がれていく。フレンの先導で歩けば道を少し逸れた場所にこんもりと雪のドーム、先人達が残した雪除け用のかまくらがあった。さぁどうぞ、とフレンに促されルークが一番に入る。その次をさっと紫黒の男が入り込んで来て、奥詰めろよな、と乱暴に押すものだから雪の壁にぼふっと顔を埋める事になった。

「へめぇー何しやがるっ!」
「こんな狭っ苦しい場所、詰めなきゃ全員入らねーだろ。ちっとは考えろよ」
「だからって押すなっつーの!?」
「ユーリ止めないか! すみませんルーク様……」
「まぁまぁ、この狭さじゃ詰めなきゃ全員入らないのは本当だしな」

 びゅごおおお、と風が唸る音が聞こえてくる。あと少しここに辿り着くのが遅れれば一歩先だって歩けなくなっていたかもしれないし、ルークが奥を詰めなければ最後の人間の背中が凍ってしまっていたかもしれない。それは分かるが、もう少し言い方とやり方というものがあるだろうに。どうにもユーリは、他の人間に対しオブラートに包んで気遣う分をルークに対しては包んでいない気がする。普通逆だろう、好きな人間にこそ優しく対応するはずでは?
 ちらりとユーリの頭上を見ればやはりゲージは真っ赤っか、この野郎俺の事好きなクセになんだよ今の言い方。ムカムカ腹が立つのだが、目に入った嫌悪度の数値が40と下がっており気が逸れる。エントランスの時は45だったのに、今の間で5も下がっている。嫌悪度5、経験から言うと誰かの好物をクソ不味く作った時くらいの数字だ。たかが5されど5、嫌いな人間のちょっと良い所を見てもいきなり好きにならないのと同じくらい、好きな人間の嫌いな部分というものは大きい。
 なんだろう、俺何かしたっけ? 道中寒い面倒だくらいしか言っていなかった気がするのだが。戦闘にもほぼ参加しなかった。いや待てよユーリは戦闘マニアだとエステルが言っていたので暴れられる取り分が増えてご機嫌になっている、とか? しかしルークの瞳は本人の機嫌なんて数字化しないのは今更だ、結局訳が分からないで決着が付く。最終的に面倒になってきて思考を放り出そうとした時だ、突然横から腕がにゅっと伸びてきてルークの右手首を掴み奪った。すると瞬間ズキリと痛みが走り、顔が歪んでしまう。

「いてぇ!」
「お前やっぱ右腕捻ってやがる、山に入ってから痛むんだろ」
「いててて! いてーのはお前が掴んでるからだっつーの! 離せよ馬鹿野郎ーっ!」
「ルーク様、本当ですか? こらユーリ、もっと優しく持て!」
「さっきの魔神拳左手で撃ってたのを見てな、普段は右手で撃つのによ。従者サンは分かってて黙ってたみたいだが」
「ルークが行くと言ったら止めるのは無理だからなぁ」
「そーいう甘やかしが戦闘の隙を生むんだぜ。痛めてるんなら治癒受けるか大人しくしてるかどっちかにしろよ。のこのここんな雪山来てんじゃねーぞ」
「てめーが誘って来たんだろ!」
「だから断れば良かっただろうが。お坊ちゃんの無駄な意地で周りに迷惑かけるなって話」
「んだとテメこらあああっ!」

 あんまりな言い方にルークはブチ切れ立ち上がる。だが狭いかまくら内だった事をすっかり飛ばしていた為ごちん! と脳天を雪の壁にぶつけてしまった。このかまくらで休んでからこれでぶつけたのは2回目だ、ちっとも休めないぞ!
 ルークは昨日、クレス達との依頼で右腕を少し痛めていた。ただ依頼中はさほど痛みを感じず、夜寝る時に少しズキズキするかも? 程度なのでそのまま無視して寝てしまったのだ。翌朝起きれば痛みは治まっていたので大した事は無かったのだろう、と思い口車に乗ったまま来てみれば……想像以上に雪山の冷たい風が体温を奪い、手首の痛みまで呼び剣を握る事すら辛くなっていた。それをユーリ達にはバレまいと他の考えで思考を占拠させ痛みを散らしていた所を、こんなに簡単に気付かれてしまうとは。朝気が付いていたガイも、これがあったからどうする? と聞いてきていた。それを口にして止めるか、何事も無かったかのようにフォローして立ち回るか。それがユーリとガイの違いだろう。

「捻ったまま放っておくと変なクセが付くぞ」
「うっせーな、利き手じゃないんだから大丈夫だっつの。帰ったら医務室行くつもりだったんだよ!」
「痛くなった時点で言えよな。PT組んでんだからそれくらい考えろ」
「うっせーテメーが先々歩くからだろーが!」
「お坊ちゃんに合わせてたら夜になっちまうんだから当然だろ」
「なんだとぉ!?」
「あーはいはい、ストップストップ。狭い中でやらないでくれ。ほらルーク、診てやるから手を出せよ」
「私がヒールをかけさせていただきますね」
「……ったく」

 ガイがルークの隣に座り右手をそっと取る。手首の関節を上下させるとピリリ、と引き攣った痛みが走り片目を瞑れば向かいのガイも似たような顔に。懐から包帯を取り出し、ぎゅっと強く巻きつけ固定していく様をルークは大人しく見た。
 痛みは昨日の寝る前よりズキズキと、寒さが堪えるくらいになっている。強気な口調で怒鳴ったがまぁ実際剣を振るのは正直に辛い。ルークだってヴァンから剣を習っているのだから、自分が動けないのならば告げた方がいいとは思っても……言いたくない意地の方が勝ってしまう。それを指摘され反射的に反感を持ってしまったのだ。アドリビトムに来てそれは悪いクセだなと最近思ってはいるものの、素直に受け止める事はまだ出来ない。ヴァンやクラトス、尊敬できる相手の言葉ならば聞いてやってもいいのだが、ユーリにはつい反発してしまう。
 それは何故か。もやもや考える胸の内、多分自分よりもユーリの方が嘘を付いていると知っているから。ルークの事を好きなくせに、ルークに優しくしない。お前偉そうな事言いやがって、隠し事してるくせに! そんな事を実際言える訳が無いのは明白で、だから余計にそんな奴の言葉なんて聞きたくないのだ。嘘付きの看板を掲げている、他の皆は誰も知らないが自分だけは知っているんだぞ、と。
 頬を膨らませユーリの方を決して見ない。そんなルークにガイは意味ありげに笑い、ちょっとムッとした。ゲージが上がり下がりしているのが見えて、瞬きを数回。ガイの愛情度友情度が上がって、嫌悪度が下がっている。ここ最近嫌悪度が上がる事は無かったが下がる事も無かったのに、一体ガイは何を見てルークを好ましく感じたのだろう。今の場面どこにもそんな微笑ましいエピソードは無かったと思うのだが。
 なんだよ、聞こうとする前に背中から声がかかる。ユーリの少しだけ疲れたような、溜め息と一緒にうんざりしたような声色。こいつぶん殴ってやろうかな、と思ったがフレンのヒールが思った以上に暖かかったので許してやった。

「ルークが怪我したらバカ真面目なフレンが気にするし、あんたの大好きなそこの従者が帰ってから怒られると思うんだけどね」
「なんだよ、どーいう意味だそれ」
「王子様で第一王位継承者なんだろ? その自覚あんのかよ。まぁあったら今日みたいな事にはなってないだろうけど」
「確かに、護衛に就いている王子を怪我させて帰ってくれば厳罰モノですね」
「はぁ? こんなもん怪我の内に入るかっての! 第一手首捻ったのは俺がドジっちまっただけで……ガイは関係ねーだろ!」
「それを判断する奴がそう判断するとは限らないがな」

 フレンが気不味そうに頷くので、ルークはその言葉に不安になる。ガイは護衛や従者と言うよりも最早親友で兄貴分だ、謎の減らない嫌悪度の事はあるもののそれ以上の親愛が見えているのだから気にしていない。実家に居た時もよく私用で呼び付けていたし稽古相手として指名してきた事も多々ある。それを執事長のラムダスが眉を顰めて注意してきた事もあったはあったが……。真実はどうなのか、ガイを見ればしまったな、という顔をしていた。

「そ……そーなのか? ガイ?」
「うーんまぁ、ルークが怪我して帰るとアッシュが地味に怒るのは確かだな」
「アッシュが? ……アッシュがあ?」
「あいつあんな態度取ってるけど、ルークの安全には結構厳しいんだぜ。本人絶対言わないけど」
「アッシュ、が? えぇ〜マジかよ……」

 ガイの口から聞いても全く信じられない。だってあのアッシュが、ルークが怪我して帰るとガイを怒るという。昔は3人で仲良くしていたのだがアッシュが城に上がるようになってからルークに冷たくなり、バランスを取ろうとしたガイがルークを庇い余計に怒らせて……成長するにつれて間の溝が深くなってしまったとルークは思っていた。だが今の言葉、ガイの口調からしてふたりの方はそれ程決裂していなかったのか。それが喜ばしいような、除け者にされた寂しさを感じるような。
 アッシュのルークに対する嫌悪度は80だ、他の誰もこんな高い数値見た事が無い。国内ではルークが王位後継者だと知られているので、初対面でも高い嫌悪を持つ者なんてそうそう存在しなかった。だから他に比べようが無く、80という数字がどれくらいのモノか例えられない。もしかしてルークを退けて自分が王になりたいと思う程嫌い、というのが80? まさか縁を切りたいとか、もしや暗殺なんて事まで考えたりしてしまう数値かも。そんな風に心配した過去も幾度か。
 だが同時に、愛情度も友情度も80ある。母親からの愛情度が82なのでそれに近いレベル、という事。……という事は、どういう事だろう。全く分からない、さっぱり分からない。どうして世の中こんなに面倒な数字ばかりが目に入ってくるんだ。ルークが混乱して頭を抱えると、呆れた溜め息が隣から聞こえてくる。

「ガイ、あんたのフォローは涙ぐましいけどこーいうのはきちんと言っといた方が良いぜ。このお坊ちゃんは自分が周囲に与える影響をちっとも考えてないみたいだからな」
「そこがルークの良い所でもあるもんでね」
「……駄目だこれは、似た者主従だな。フレンはやっぱりちょっとくらいクソ真面目でも良いぞ」
「気になる言い方だけど、称賛として受け取っておくよ」

 勝手に分かったような顔が並び、ルークを三者三様で笑っている。悪い感じはしないし嫌悪度も上がっていないが……ひとりだけ仲間外れにされているみたいでかなりイラッときた。なんだよお前ら、俺みたいに他人の好感度知らないクセに通じあってるみたいな雰囲気で。時々そういった、自分以外の周囲が自分の事を理解しているような微笑みを湛える柔らかい雰囲気になる時に遭遇する、特にアドリビトムに加入してから多々ある事だ。それがむず痒いような、お前ら何にも知らないクセにと噛み付きたいような。
 人より人の情報を知っているのに、人より知らない風に扱われるなんて心外だ。自分は周囲が思う程純真だとか馬鹿とか素直では無いのに、天然だとでも思われているのか。ムカつく話ではあるが、にょきにょき伸びていく前ふたつのゲージがどうしても目に入ってしまうので、広く深い心で許してやっている。
 この場でも、ルーク以外3人で仲良さそうに談笑し始めた。話題の中心はルークの生活態度について。お坊ちゃんは何にも知らないよな甘やかし過ぎだろ、とユーリが議題を上げ。ルーク様のご身分を考えればやった事が無いのは当然の事じゃないか、とフレンが庇い。興味を持てば自分からでもやろうとするから教えてやってくれよ、とガイが提案をしている。やめろ、目の前でどうして自分の懇談会をされなきゃならないんだ本人除け者で。しかし妙にイキイキと、特にガイの口が留まる所を知らない状態になっている。これを止めに入ってもなんだか無謀な、むしろ手痛い反撃を受けるような嫌な予感がヒシヒシと漂っていた。
 酷い辱めにわなわなと震える。しかし外は今だ豪吹雪、暴れてめちゃくちゃにすれば狭いかまくらは壊れてしまうかも。ルークは隅っこで3角座り、自分の膝に顔を埋めて周囲を遮断した。ええい大罪人の誘いなんか受けるんじゃなかった! あの時廊下で話していた最中でもゲージが色濃くなっていたので、表層の言葉以外に何かあって言ったのだろう事は読めていたのだ、でもこんな展開までは流石に予想していない。聞こえてきた会話達の中、ガイが声だけでも嬉しそうに子供の頃にまで話題を広げようとしている今、真剣に雪よ止めと人生で初めて心の底から必死に天へと願うのだった。






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