未だ見ぬ卵








1
 ギルドの依頼でブラウニー坑道へ討伐依頼に赴き、7・8層採掘区を探索していた。過去鉱夫やトレジャーハンター達が散々穿り返した跡により地面のあちこちに大小の穴が空き、天然の落とし穴となっているフロア。
 ビショップのディセンダーと、ルーティ・ユーリ・ルークのPTで散策している時だった。7層採掘区・奥は落とし穴も多いが比例して宝箱が多い。総勢80名の稼ぎ頭であるディセンダーと、トレジャーハンターのルーティが素通りする訳も無く、嬉々として宝箱を開けている。
 下町で慎ましい生活をしていた為、気持ちが分かるユーリとしては、分からなくもないが眼の色が変わっているルーティに苦笑しつつも後ろで待機。しかし庶民と金銭感覚を一線を画するルークとしてはつまらないばかりだ。国元に居た頃のルークにとってはそもそも通貨という価値が薄く、ギルドで働き己の力で稼ぐようになって、最近やっと分かり始めた頃だ。

「なぁおいもーいいだろ? 次行こうぜ」
「うは! これすっごいいいスキル付いてるじゃない!」
「むむ、スロット数6! おいしいです!!」
「低スキルでも数ついてりゃ高値で売れるからたまんないわぁ」
「諦めろお坊ちゃん。この階の宝箱全部空けるまで終わりゃしないぜ」
「うがぁー!!」

 ルーティと一緒の為、何時もよりアイテムの鑑定に熱が入っている。この層は魔物も出現しない為、討伐数を稼ぐ事もできやしない。待たされる事に慣れていないルークが憤慨するのも自明の理であった。
 しかしディセンダーとルーティ、おまけにユーリ相手にルークが我儘を発揮しても暖簾に腕押しである。悲しいかなそれも今までの集団生活で理解している。しかしじっと待つのも性に合わない、ルークは一人PTを離れてズカスカと鼻息荒く残っている宝箱を開けに行った。

「おい、一人で勝手に行動するなって」
「うっせー! 宝箱全部開ければいいんだろ? 鑑定は帰ってからやれよな!!」

 プリプリと怒りながら手近な宝箱を開けて、素材だろうが装備品だろうが構いなくポイポイと道具袋に詰め込んでいく。

「待てって、まだそこの辺りは落とし穴があるから勝手に動くなよ」
「落とし穴にハマるなんてマヌケ、誰がするかよ!」
「お前なぁ、そんな事言ってると……」
「あぁん!?」

 追ってくるユーリを無視して、奥へ奥へと足を進めたその時だった。ルークの右足が不自然に沈み、体が傾く。世界が流れるように上昇していくのを呆気に取られた顔で眺めるルークは、そのまま一人底へ落ちていった。



「……いってぇ〜、カッコ悪ィ」

 8層陥没現場、不注意で落ちたルークは腰をしたたかに打ち付けていた。おまけに変な落ち方をしたのか、足も少し捻ってしまったらしい。手をついて踏ん張るも上手く動けない。
 しかし、上の階と違って8層は魔物が出現する。突然現れた哀れな獲物を見逃してはくれなかった。シャドウガイストとリターナーが揃ってルークを取り囲む。PTなら問題ないが、今のレベルでソロでは太刀打ち出来そうにない。

「……クソッ!」

 体は痛むが、抜いた剣を支えにぎこちなく立ち上がる。しかし少しでも動けば捻った足首が強烈な痛みを伝えてくる。剣を振れるか怪しいものだが黙ってやられるのも冗談ではないと、気迫だけでも諦めない。

 ――オオオオッ!

 ルークの体調など知ったことではないと、魔物が毒の爪を振るってくる。普段ならばそんなスピード、余裕で避けられた。しかし、剣を支えになんとか立っているルークにそれを防ぐ手立てはない。ルークはやってくるだろう痛みを恐れて固く目を瞑った。

「……!」

 だが、その毒手はルークに届かなかった。訪れない衝撃に、恐る恐る目を開くと目の前を闇色の衣装が塞いでいた。

「……え?」
「ったく、言ったばっかで落ちるなよお坊ちゃん」
「た、大罪人?」

 何時の間に現れたのか、ユーリだった。攻撃を庇うようにルークの前に立ち、刀を握っている。魔物からの攻撃も刀で防いだらしく、傷らしい傷も無い。戦迅狼破で目の前の敵を纏めてふっ飛ばし、ルークの腰を抱えて密集地から移動する。
 一目見てルークの状態を察したらしい、足を着けないように持ち上げて横抱きにする。その抱き方にルークは赤面し、止めろ馬鹿離せ! とバタつかせるがユーリは離しそうにない。多少フラつかせながらもビクともしないのがルークのプライドをより傷付けた。

「いいから大人しくしとけって」
「馬鹿言え、俺を抱えたままで魔物どうすんだよ!! 全滅なんて冗談じゃねーぞ!」
「どっちにしろオレ一人じゃキツいからな。大丈夫だ」
「はぁ!?」

 戦力になりそうにないルークと合わせて囲まれているというのに、この余裕そうな顔が腹立たしい。一体どうすると言うのかユーリに問い詰めようとしたその時、迫ってくる魔物達を挟んだ後方からルーティとディセンダーが共に落ちてきた。

「も〜、あんた達何やってんのよ!」
「ユーリってば、声を掛けてくれたのは助かりましたが、一人で先に行かないでください」

 二人は着地と同時にタイダルウェイブを唱え、魔物達を一掃する。詠唱短縮装備で固めている魔法職にとって、多少格上の相手だろうが相手にならなかった。魔物の魔力残滓も消え、安堵の一息を吐く。

「ルーク、ごめんね放っておいて。怪我したの? 回復するよ」
「別にこんなのなんでもねー……ってぇ! 触んなイテェ!」
「いいから素直にかけてもらえよ。足も捻っちまってるみたいだから、そっちもやってくれ」
「うん」
「まったくもー、いくらつまんないからって一人でウロチョロしない!」
「う、うっせー! お前らがダラダラやってっからだろ!!」

 自分でも悪いと思いつつ、相手が先に済まなそうに謝られてしまっては、もうルークは自分から謝罪できる性格では無かった。もしこの場にティアやガイといった教育係が居れば促されて謝る事は出来ただろう、しかし残念ながら今は居ない。PTを組んでいるのがユーリやルーティといった引きずらないタイプでもあった事が、よりキッカケを失わせていた。
 回復魔法で無事体の痛みは引いたが、バツの悪そうにしているルークの頭を乱暴に撫で回してユーリは発破を掛けた。

「んじゃ、退屈してるお坊ちゃんの為にさっさと残りの討伐すましちまおうぜ」
「了解、ささっとやっちゃおう」
「仕方ないわねぇ。今度は宝箱全部開けるんだからね?」

 物言いたげなルークを引っ張って、今度は何事も無くクエストを完了させた。
 船に帰ってきて、ディセンダーとユーリが完了受付をしている時、エントランスのソファに座り込むルークにルーティが近づいてきた。受付カウンターの二人を遮るように壁になって立ち、ルークに人差し指を鼻っ柱に突き付けて笑う。

「あんた、ユーリにお礼ちゃんと言っときなさいよ?」
「な、なんだよ」
「あんたが一人落ちたってんで、顔色変えて慌ててたんだから。まだあたし達に声掛けてから行ったからいいけど、すごいスピードだったわよ」
「……あいつが?」
「まぁ今回は討伐依頼で宝箱に気を取られてたあたし達も悪かったから、でもユーリにはちゃんと言っといた方がいいわよ」
「分かってるっつーの……」

 子供を相手にするように言い聞かせるルーティに、反発も上手くできないルーク。沈む表情は正に叱られた子供だ。二人の歳の差は一つだけの筈だが、人生経験の差なのかルーティは故郷に残している子供達を相手にしている気分になった。子供達とルークは生活環境が真反対と言ってもいいのに、このデジャブはどういう事だろうか。きっとこういう所がユーリは放っておけないのだろうな、とルーティは勝手に想像した。恨めしげにカウンターのユーリを見つめるルークに、苦笑するしかなかった。





 部屋に帰ったルークは、迎えるティアにも空返事でベッドに寝転ぶ。その無作法にティアは注意するが、様子のおかしいルークを訝しむ。朝から依頼に出ていたのを聞いていたので、恐らくそこで何かあったのだろうと当りをつけた。ルークとティアの付き合いは長くないが、今まで護衛というよりも厳しい姉の様な接し方をして、多少はルークの素直になれない性格を理解していた。しかしここで自分が問い詰めてもルークは口を割らないだろう、撥ね付けられる想像が容易に出来てティアは溜息を吐く。兄であるヴァンか、兄貴分のガイならば言うかもしれないが……。
 結局その後もルークの元気は無く、ガイが相手しても気はそぞろ、ヴァンが話しかけた時だけは否定するように明るく返していた。


 翌日、ルークは食堂で一人朝食をつついていた。その表情はやはり沈み、ロックスやリリスを心配させている。お口に合いませんでしたか? と声を掛けるも今日のメニューはトーストエッグにチキンサラダ、オニオンスープだ。むしろルークの嫌いな食べ物も無く好物のチキンがある分、喜んで食べるはず。

「いや、んな事ねー」
「浮かない顔ですよ? どうされたんですか」
「なんでもねーって!」

 心底心配そうに尋ねるロックスに、居心地の悪さを感じてしまうルーク。普段ならば傅かれる事に慣れたルークは一蹴するのだが、昨日から妙な罪悪感が纏わり付いて離れてくれない。泣きそうなロックスの顔を見てしまえばひとしおだ。
 咥えフォークで行儀悪くモゴモゴさせ、言いにくそうにしていると食堂の扉が開いた。

「おはよーさんっと」
「おはようございます。ユーリ様」
「なんだ、お坊ちゃんも今食ってんのか、遅いな」
「ほ、ほっとけ!」

 聞こえてきた声に昨日のルーティの一言を思い出す。ユーリだった。昨日のクエスト後からずっとルークを悩ませる張本人の登場で、ルークはギクリと体を固めた。

「今お持ちいたしますね、少々お待ちください」
「おう、悪いなロックス」

 そう言ってユーリは何の気なしにルークの隣に腰掛ける。他にも席は空いているのに、自分の隣に着席するユーリに驚いて見開く。

「なんでわざわざ隣に座んだよ! 他にも空いてだろ!」
「空いてるからどこでもいいんだろ?」

 ああ言えばこう言う、ユーリと話せば大抵はこんな感じでやり込められてしまう。昨日から複雑なルークは、自分と違っていつも通りのユーリが憎らしく大人しく目の前の食事を再開させた。
 しかし考えてみればチャンスではないだろうか。ここで礼を言ってしまえば、ルークを悩ませる胸のつかえが下りる。そう思いついたルークの頭は青天の霹靂のように晴れた。そうだ、どうして自分がこんな風に思い悩ませなくてはならないのか! パッと言ってパッと終わらせてしまおう。頷いてルークはロックスから配膳された朝食を摂っているユーリへと振り向いた。

「ん? なんだよ」
「な、なんでもねーよ!!」

 神の悪戯かタイミングが悪いのか、ルークが振り向くと丁度ユーリと目が合った。目が合ったとしても普通ならばそのまま言えてしまうだろうに、ルークは勢いで反発してしまった。つい何時ものように反応してしまったルークは、心の中で頭を抱える。
 この後も数度、言おう言おうと振り向いてはロックスがおかわりを持ってきてタイミングを失ったり、後からやってきた数人にユーリが話しかけられてますます言えなくなったり。とにかく、散々であった。結局ユーリに話しかける事すらできず、食事が終わったのに何時までも隣に座っているだなんて出来ずに食堂を抜けてきてしまう。部屋に帰って迎えたガイを無視して、又もベッドに突っ伏してしまうルークだった。

 何時までもウダウダしているのは性に合わない! となんとか決起し、ルークは昼頃やっとベッドから這い出た。ユーリに会いに気迫の炎を背負って部屋を出るルークを、ガイはとりあえず応援して見送った。
 エントランスを過ぎて食堂前廊下へ。何時もは友人のクレスを訪ねて手前部屋に立つものの、今日の目的は違う。足がついフラフラとクレスへ助けを求めて歩いてしまいそうになるが、思い直してユーリ達の居る部屋の前に立った。
 バンエルティア号の扉は、トイレや倉庫等が手動だが基本的に自動ドアだ。ノックをしようにも手の反応で開いてしまう。せめてノックをすれば自分の心の準備が出来るものを、普段全ての扉が自動であれ! と提唱していた自分を呪った。
 さぁ、開けるぞ、開けて、入って、ユーリに一言言うだけだ。それで全て終わり。時間にすれば恐らく10秒もいらないだろう。よし! 力を無駄に込めてルークは部屋に入った。

「……お? どうしたんだお坊ちゃん。クレスなら隣だぜ」
「分かってるっつーの!! ちょっと間違えただけだバーカ!」

 意を決して5秒、ルークは負けた。何に負けたのか詳しく言う事はできないが、あえて言うなれば己に負けた、という所だろう。廊下で虚しく一人地べたに手をつけて、軽く落ち込んでいる時だった。

「ルーク様、一体どうされました? もしやどこかお加減が!」
「フレンか……」
「直ぐに医務室にお連れいたします! いや、アニーを呼んできた方が!」
「なんでもねーよ! 別にどこも痛くも悪くもねー!」
「しかし、倒れていらっしゃいますし……。ではライマの方を呼びますか?」
「いらねーっつのウゼー! ただちょっと、落ち込んでたってーか……悩んでただけだ」
「倒れてしまう程の心痛を? ルーク様、僭越ながら自分で何か力になれる事があれば、なんなりと仰ってください」
「いや、別にそこまで……けど……」

 白銀の鎧眩しく、フレンが心配そうに俯くルークに跪いていた。その心配そうにしている面差しが自分の兄貴分兼親友を思わせ、ルークはガイの時の様に、ポツポツと言いにくそうに相談を持ちかけた。


「ユーリにお礼、ですか」
「……俺もちょっとは助かったって思ってるし、ルーティとかがうっせーし……」

 言い訳の様に呟くその表情は、拗ねているのか素直になれない子供のような幼さを思わせる。決して言葉通りではなく、できれば素直に礼を言いたいのだろうと、ほんの少し染まる頬を見ては想像がついた。
 フレンからすればルークを守る事は当然であるし、恐らく親友も普段の態度や口ではああ言っているが、好きでやった事だろう。別段感謝が欲しくて取った行動では無い。しかし当の本人が言いたそうにしているならば、何の問題があるだろう。フレンは心が暖かくなる気持ちを顔に出してしまわぬよう、この第一王位継承者を応援しようと決めた。

「そうですね……では、お礼の口実を抱き合わせるといいのでは?」
「抱き合わせ? 一体何と」
「先日ユーリの誕生日でしたので、過ぎてはいますが丁度いいかと思います」
「誕生日? 大罪人が!? 何時だよ、俺全然聞いてねーぞ!」

 ルークの性格を察して、提案したフレンの案はまた別の問題を掘り起こした。このアドリビトムの人数はかなり多い為、誕生パーティ等いちいち開いていられない。経済状況と合わせて、せいぜい夕食が特別仕様になるくらいである。それでも親しい間柄でプレゼントを渡したりもするし、子供達は自らの日にちを宣伝したりもする。その分大人達は遠慮深く、ユーリもその手の口だった。ギルド登録時のプロフィールでリーダーやコンシェルジュであるロックスには伝わっているため、そこから漏れる事も多々あるが。

「彼は余り自分の事を他人に漏らしませんからね……」

 ただガルバンゾの皆や、他の数人から祝われたりしていたようです。残念ながらプレゼントは貰っても身に付けてはいないみたいですが。そうフレンは語った。
 ユーリは何気にギルド内でも評判が高く、どちらかと言えば大人達から高評価を受けている。それによりユーリの性格を読んで慎ましくかつ細やかに祝辞を述べたり、消耗品等手元に残らない類の物を贈られていた。同じ前衛として刀紐等の目立たない装備品や女性から小さなアクセサリも数点あったが、ユーリがそれを身に付ける事は無かった。
 目立った変化が無かった為、ルークが気付く訳も無い。しかしふと思い出す。先日夕食を摂っている時、ユーリからケーキを一皿差し入れられた。突然のケーキ、甘党で知られるユーリからだ。怪訝に疑ったルークだが、ユーリからの言い分は「余り物だから貰っとけ」だ。好きでも嫌いでも無いが、くれると言うならば貰ったそのケーキは美味しかった。――あの日が誕生日だったのだろう、ルークは無考慮であったあの時の自分を罵倒した。
 しかし確かに、誕生日の祝辞と共に礼をするならば丁度いい。纏めて言えるいい機会ではないか、沈没した気力が浮上する。だがここでルークは考えてしまった。助けてもらった礼と誕生日を祝うのに手ブラでいいものか。ルークの人生経験からして弾き出された答えは「とんでもない」としか出ない。基本的に王子様であるルークからすれば、謝礼やら祝いには贈り物が無いなど有り得なかった。

「……誕生日ならなんか用意しなきゃ駄目だよな」
「え? いやそんな、心がこもっていれば大丈夫ですよ。ルーク様からなら、きっとそれだけで喜ぶと思います」

 模範解答をフレンが言うと、正にそれ以外無い気がしてしまう。それにルークにとって”心を込める”というのは、結局よく分からない事と同義だった。昔母親の見舞いにガイから「心を込めてプレゼントしよう」と提案され、幼いながらも一生懸命アッシュと共に編んだ花冠があった。母親は大層喜んでくれたが、興奮して疲れてしまい、願いむなしく寝込んだ日数が増えただけだった。
 ――やはり、目に見えない”心”など無いも同然だろう。ルークはユーリに何かプレゼントする事を決めた。









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