花の絵の影を映す、その瞳は








1

 飛び出して来たウルフ種恐竜型の魔物の咆哮が天高く響き渡る。噛まれればひとたまりもなさそうな凶悪な牙をギラギラと濡らし、口から火の玉を吐き出して周囲にばら撒く。ふたりはそれをワンステップで避けた後、それぞれ全く反対の行動に転じた。

「てぇいやあぁーっ!」
「おい、考え無しに突っ込むなってお坊ちゃん!」

 ルークは一気に距離を詰め、左手に持つフォニックソードを奮う。だが、その刃はキアノランティスの皮膚に掠りもせず、大振りに空を掻くだけに終わる。2本足で立つ魔物は器用に、かつ軽やかに動きまわり既に1歩下がっていた。振りの勢いが強すぎてルークの体はがくりと体勢を崩してしまい、物の見事に隙だらけ。魔物がそのチャンスを見逃すはずもなく、大口を開けて朱金の頭ごとガブリ、と噛み付こうとしたその時だった。

「こっちも忘れてもらっちゃ困るぜ?」
「グアァアッ!」

 ユーリが持つニバンボシの切っ先がすらり、曲線が踊ったかと思えば魔物の頭は胴体と切り離されていた。意思を失った体はどさり、と倒れ死をまき散らす。仲間の血の匂いに怒りを沸騰させたようで、次々と牙を剥き出して襲いかかってきた。ユーリはそれを軽やかに躱し、拳で殴りつけ刀で捌いていく。魔物は特有の恐るべき身体能力を遺憾なく発揮し、軽々飛び回り獲物を翻弄せんと走る。力が強くて頭も悪くない、おまけに群れで行動し相手の方がこちらよりも数が多いときた。一般人ならば数分後には魔物の美味しい餌となり腹に収まっている状況だろう。だがギルドアドリビトムに所属する彼らにとっては、然程の劣勢ではなかった。

「来たれ爆炎、焼き尽くせ! バーンストライク!」

 世界に溢れるマナが術者の詠唱により導かれ、突如空中に大小様々な火球を生み出す。圧倒的な熱量は重力に従いそのまま大地へばら撒かれ、魔物達を襲った。しかし素早い動きで躱され、半分程しか当たらない。
 ルークは剣を振り回しながら、その無様を笑った。

「やーい下手くそ、ほとんど逃げられてやんの! いいか残りは俺が華麗に片付けるんだから、お前ら手ぇ出すんじゃねーぞ!」
「だって、ウルフ種って素早いから直じゃ中々当たらないよ……」
「あーあ、また無駄に張り切ってからに。今にも転けそうだぞ」

 ビショップであるディセンダーは無表情の中にも少しだけムッと眉を潜め、攻撃詠唱をキャンセルして補助詠唱を唱える。ユーリは攻撃を止め後方に下がり、お調子者の軽口が達成されるかどうかを見守る事にした。ピンチになれば手を出せば良い、あの暴れん坊では背中合わせで戦うなんて未来はちょっと遠すぎる。現在においてふたりでひとりずつ勝手に戦う状況が、双方の性格として適しているので問題無い。少なくともルークをフォローしているのは、もっぱらユーリだがそれを片方が気付くのは随分先になるだろう。
 ユーリは刀を仕舞わず手に持ったまま、何時でも一足飛びで駆け着けられるように気を抜かない。踊り戦う朱金の、流れる線の先を予測しながらじっと見つめていた。右手に持つ石を時折、噛み付こうとしていた魔物の鼻頭に投げ付けながら。
 保護者を後ろにふたり待機させ、ひとりでやれると鼻息荒く豪語するルークの勢いは素晴らしく、犬と戯れて追いかけっこ状態になっていた。あれはスピードタイプとパワータイプが織りなす悲劇のひとつだ、こうなると簡単には終わらないだろう。同じ考えに至ったディセンダーは、初級晶術をこっそりと唱え小さな小さなファイアボールで魔物の足止めを時々。そこへルークの重い剣撃が決まればしめたもの。そうやって確実にダメージを与え、魔物達の動きは明らかに鈍くなっていく。自慢のスピードが発揮出来なければ、後はルークの独壇場だ。
 ユーリは腕を組んで、その戦場をじっと見つめた。

「てぃ、やぁっはああぁーっ!」
「おーおー、元気だね」

 ルークの奥義が決まり、敵の1匹が倒れる。息つく暇も無く次の刃を奮い、テンションが上がってきたのだろう素早さが乗っていた。多少ムラッ気はあるが、調子が良い時のルークの強さは侮れない、重く威力を込めた剣を考え無しに受けては刃こぼれしそうなくらいだ。最近クレスとロイドと一緒に手合わせしているらしいので、その成果が出ているのだろう。
 自分とはスタイルの違う、力強い戦いを見ているとユーリも自然に、体の中で湧き上がるものがある。戦ってみれば楽しそうだ、何時か手合わせしたいかもしれない。だが今のままでは精神的に幼く、仲間内ではあまり実力を発揮出来ないだろう。良くも悪くも、ルークの剣技はどこかスポーツ感覚で綺麗過ぎる。おそらく剣を握ってからの期間は長くても、実戦をくぐった数は少ないのだろう。それも彼の身分を考えれば当然だとはいえ、勿体無いとも。

 そんな風に考えながらルークの剣捌きを見ていると、ふと彼の周囲がキラキラと輝いているような気がする。数回瞬きをして、一旦隣のディセンダーへ振り向けば視界は別段何時も通り。再度暴れるルークを見れば、調子に乗っている顔で美しい一閃を描いていた。はて、気のせいだろうか。
 目をゴシゴシと擦っていると、あ、と小さな声が隣から。顔を上げれば魔物の牙が、ギリギリルークの体を掠めていた。右腕に軽く赤い線が引かれ、長い朱金の糸が哀れにもパラパラと散っていく。ユーリは一瞬柄を握ったが、視線の先のルークは慌てず、片足を支点にくるりと回り、魔物の頭へと強烈な蹴りを放っていた。脳天にガツンと、良い音がここまで響く。これは効いただろう、魔物はふらふらと足元を不安定にさせ踊っている。隙を逃さないルークは追撃を決め、新たに地面へ倒れる数を増やした。
 ユーリは無意識にホッと息をして、それからまたも、ルークの周囲がキラキラ光っているのが見えた。素早く瞬きと目を擦れば、消えている。なんだろう、幻か何かか? 今の瞬間をディセンダーは見ていなかったか聞いてみた。

「なあ、なんかお坊ちゃんが輝いて見えるんだけどよ、これってどう思う」
「ユーリそれは恋だよ」
「まじか、そりゃ変だな」

 残念ながらこの場で突っ込みを入れてくれる人間は居ないので、この淡々とした会話は無駄にだらだらと引き伸ばされていく。

「昨日リオンが買ってきてたザッハトルテ美味しそうだったね」
「あれ超美味そうだった、マジで食いたいわ。でもあいつスタンとルーティの分しか余分に買って来なかったからなぁ」
「近くの町で売ってた、手作りクッキーシュークリームは?」
「あー、あれ生地がサックサクな上カスタードと生クリームが半々に入ってて絶品だったな、帰りにまた買って帰るか」
「今朝すずがみたらし団子、沢山作ってたよ。でも帰る頃には無くなってるかもね」
「蜜も美味いけど前にしいなが作ってたしるこも上手かったよなー、あんみつにしても美味いし」
「で、ユーリ。スイーツはどう見えるの」
「キラッキラしてるわ、眩しいくらいに」
「ね、確実に恋だよ」
「成る程恋だな」

 ユーリはその導きに納得いったとウンウン頷き、クッキーシュークリームとみたらし団子に思いを馳せる。そう言えばクレアのピーチパイがまだ残っていたはずだ、作りたても美味いが一晩経って味が馴染んだ物も美味い。頭の中がデザート達でいっぱいになっていると、口の中までもが支配されて唾が出てきそうだ。ルークがこの戦闘を終わらせたら、船に帰る前にどこか寄って食べて帰ろうと決めた。
 ここの近くにデザートを出す大きな街はあっただろうか、地図を思い描いていると何時の間にか剣の音は止んでいる。離れてくれないケーキ達の空想を飛ばして顔を上げれば、そこには戦場でひとりだけ立ち、自慢気にえっへんと胸を張る王子様が居た。

「どーだ見たか、楽勝だったぜ!」
「お見事、華麗過ぎて全然見てなかったわ」
「凄かったよルーク。どかーんぼーんがきーんがしゃーん、って大道芸みたいだった」
「マジかよ、そりゃ見とけば良かったな」
「うん、変身して身長12メートルまで伸びた時はどうしようかと思ったけど、見事なビームを目から出して大迫力だった」
「お前らちゃんと見てろよこのやろおおおおっ!!」

 ルークの扱い方は船内で広まっている、ディセンダーですらこの通りお手の物だ。ユーリは事実、キラキラと輝く光に目を奪われあまり見ていなかったのでそれで押し通す事にした。折角頑張ったのに悪いが、まあ何時もの事だ。お詫びにデザートをおごってやれば機嫌も直るだろう。自分の都合も含めて一石二鳥とはこの事だ。
 折角良い調子だったのに、とプリプリ怒って長い朱金を翻す。そういえば先ほど魔物の牙が掠っていたのを思い出し、ユーリは薄っすら引かれている傷跡の腕を取った。深くはない掠り傷だ、この程度なら晶術を使うまでもないか。そう考え懐から傷薬を取り出しさっと塗る。一晩眠ればすぐに治るだろう。
 視線を感じて顔を上げれば、ルークがむすっと口をへの字にして睨み付けている。今の戦闘を見ていなかった事に余程腹を立てたらしい。ある意味可愛げがあるな、と他意は無く思う。

「悪かったって、次はちゃんと見ててやるよ」
「はん、お前になんかもう見せてやんねーからな!」
「なんだ、じゃあ明日予定してた闘技場も取り止めにすんのか」
「なんでだよ前から言っただろ! タイムアタック更新するんだっつーの!」

 自分で言った言葉を瞬時に自分で翻すのは、最早ルークのお約束だ。慣れた展開にユーリは適当に返事して、燃え盛っている朱金をなだめる。お詫びにデザートおごってやるよ、と謝罪と共に付け加えればようやくちらりと片目を開けて反応した。

「デザートって……それ単にお前が食いたいだけだろーが」
「そうとも言う。んじゃいらねーの? オレとディセンダーは寄り道するけど」
「あれ、僕もおごってくれるの」
「ま、ついでだからいっか。そんでお坊ちゃんは? ひとりで先に帰る?」
「な、なんで俺が1番倒したのに食えない事になってんだ! 俺も食う、大罪人の財布が空になるまで食ってやる!」
「その時はギルド1の稼ぎ頭に頑張ってもらうとするか」

 流れるようなお決まりの展開に、ユーリはディセンダーの肩を叩き帰路へと足を進めた。後ろの方でぶつくさ拗ねているルークは、また後で何か聞いてやればいい。謝ればあまり尾を引かない性格なので、一晩眠ればケロリとしている。その辺りの、奇妙な信頼は何故かあった。
 近くの町はあまり大きくなかったが、土が良いのか果物が多く採れるらしく、フルーツケーキが抜群に美味い。好きなだけ食え、と言って差し出せばルークはじろりと睨み付けて優雅に食べ始める。やはり貴族なだけあり、食べる姿は優雅だ。この瞬間だけは、普段の粗暴で我儘な子供の姿を忘れている。おっと、これは決して悪口ではない。

 ホールケーキを良い感じに食べきって、船に帰った。夕方を前にして、まだ船内は静かだ。依頼を終えて皆が帰ってくるのはもう少し後だろう。カウンターでアンジュに報告を終え、さてこの後はどうしようかと考えた時だ。
 気配を意図的に穏やかに調整し、背中で牙を研いでいるような……ざわつく感覚に顔を上げれば、目立つ人物がエントランスホールに入ってきた。静かで隙のない動作、足音を立てない歩みでゆっくりと此方側に近付く。ユーリは何時か、是非本気の彼と手合わせしてみたいものだとこっそり思っている。

「ルーク、戻ったか」
「ヴァン師匠! はい、今戻りましたっ」
「ヴァンヴァンだ、こんにちは」
「お前、その呼び方止めろ師匠に失礼だろーが!」
「だって、ヴァンヴァンが別にそう呼んでもいいっていうから」
「師匠がいいって言っても、俺が許せないんだよ!」
「ルーク、すぐ怒鳴るのは止めなさい」
「で、でも師匠……」
「親しみを込めて呼ばれているのだ、私は構わない」
「せんせぇ……流石です!」
「それでいーのかよ」

 ルークのヴァンを見つめる瞳は普段と反転する程違って、いっそ面白い。尊敬が体いっぱい詰まり憧れの感情を惜しみなく駄々漏れに、彼の言う事ならばどんな事でも頷きそうだ。その様子を見ていると、師匠と弟子というよりか憧れの英雄とファンといった方が正しいだろう。ユーリに対しては文句が7割を超えているが、不思議と腹は立たない。なんというか、むしろ微笑ましいと思ってしまうのだ。
 ヴァンに止められたがやはりあの呼び名が気に入らないらしく、隣のディセンダーをじろりと睨み付けている。それを察して低い声が咎めれば、びくりと肩を狭めて上目使い。普段猫のようなのに、今のルークは悪戯を叱られた犬みたいだ。耳が垂れてクゥンと鳴く幻聴が聞こえてくる。

「……明日、ディセンダーに依頼を出す。それに同行しなさい、アッシュと一緒にな」
「え? アッシュとですか?」
「ルークにじゃないんだ、僕でいいの」
「ああ、ディセンダーの力で道中ふたりを助けてやってもらいたい」
「師匠の依頼なら俺ひとりでやれます!」
「ルーク、私も考えあって彼に依頼しているのだ。この意味が分かるか?」
「う……はい、すみません」

 見ているとルークはどよーんと暗くなり、身長が半分にまで沈んでしまった。ぷるぷる震えてちょっと泣きそうだ。ディセンダーが笑顔で肩を叩き励ましているのが余計に煽っている。
 ヴァンの話はその依頼だったようで、踵を返して静かな気配で戻っていく。ユーリはその背中をじっと見たが、普段より少し尖っているような気がした。彼ほどの達人が、感じ取れる程乱しているとは何かあったのだろうか。今の話を聞いたが、よくある師匠からの指示に聞こえた。ルークと仲の悪いアッシュと一緒に、という注文からして双子の仲を深めようとしている、とか。正直ユーリから見て、あの双子が仲良くするなんて到底無理だと思ってしまう。それくらいには、ふたりはあからさまに仲が悪い。だが時々、喧嘩した後のルークの表情が怒りや悔しさ以外で彩られている時も見かける。他者が介入するには隙間が無さそうな、複雑な問題が垣間見えた。
 それはともかく、ヴァンは明日と言った。明日はルークと闘技場に行く約束をしているのだが、それはどうなるのだろうか。まあどう返答されるかなんて考えずとも分かるが、一応聞いてみる。ヴァンが去って早々ディセンダーに八つ当たりしているルークを止め、明日どうすんだよ、と率直に聞いた。

「んなもん無しだ無し! 大罪人と師匠なんて、比べるまでもねーっての!」
「ふーん、オレの方が先に約束してたんだがなぁ」
「う……その」

 一応、言い出しっぺが自分であるのは覚えているようだ。だがやはり尊敬するヴァンの言葉は何よりも絶対で、けれど確かに闘技場に行くと言って楽しみにしていたのも事実。ルークは悩み過ぎてぶるぶる震え、今にも頭から湯気が出てきそうになっている。しかし悩んでも結論が出ず、髪をぐしゃぐしゃっと掻き混ぜ地団駄を踏み鳴らす。忙しい奴だな、と笑いながら観察してユーリは今回の約束を辞退してやった。ちょっとだけ意地悪が入るが、これくらい良いだろう。

「分かった分かった、お坊ちゃんがオレなんかよりも大好きなヴァン師匠を優先するなんて何時もの事だもんな。闘技場はまた次の日にしようぜ」
「そりゃヴァン師匠の方が大罪人なんかより100万倍格好良いし渋いし強いしスッゲー事には間違いないんだけどよ……けど、闘技場も行きたいし……」
「ルークは正直者だねぇ」
「はいはい、師匠の惚気はもう十分聞きましたっと。闘技場なら何時でも行けるだろ、オレも何時でも付き合ってやるからよ。いいからそっち行っとけ」
「……じゃあ、明後日。闘技場は明後日行くんだからな! お前空けとけよ!」

 必死になってそう決め、ルークは部屋への足を引きずりながら何度も明後日だからな! と叫んで消えて行った。ユーリは分かった分かったと適当に返事をして手を振ってやる。やはり一応は罪悪感があったようで、あの態度は少々意外だった。予想としてはもっとバッサリ切り捨てるかと思ったのだが、あれを見るに自分は案外懐かれているのかもしれない。
 金持ちの家の、自分が家の頂点だと思っている猫がようやく餌やり機を飼い主だと認めるような? いやそれだと認めてないか。少なくともどん底の初対面から随分上昇したもんだ、と感想を漏らす。それは勿論ルークだけでなく、自分の心証に対しても言える事だが。

 ユーリは突然スケジュールが空いた明日をどうしようかと考える。誰かと闘技場に行ってもいいし、依頼を受けてもいい。だがどれもそんな気分にはならないので、諦めて船内でデザートのストックを増やす事に執心するかな、と深くは考えず決めた。
 生クリームたっぷりのショートケーキか、こっくり濃いベイクドチーズタルトなんてのもいいかもしれない。確か先日ルークが、マーマーレードジャムのクレープを美味い美味いと言っていたのを思い出す。育ちが良いせいか、材料をふんだんに使ったものよりも屋台で出すような簡素なデザートを珍しがる傾向にある。その中でも勿論味にはうるさいのだが、ユーリが作ってやれば感心しながら食べていた。
 その姿を思い返し、そうだ明日の依頼を終えて帰って来た時に、美味いデザートを出してやろう。瞳を輝かせて喜ぶか、何故自分に出すのか不思議がるか、どちらの反応を返すだろう。ちょっと今から楽しみになってきて、ユーリは早速材料の確認の為に食堂へ顔を出す事にした。




*****

 翌日ユーリはディセンダーとアッシュが船を降りる背中を見つける。少し遅れて、だるそうに両手を頭で組むルークが。何かぐちぐち言っているらしく、ディセンダーが時々振り向いて相手しているがアッシュは完全に無視しているのが遠目でも見えた。相変わらずあそこの双子はぎこちない。船内の兄妹は大抵仲が良いので彼らは目立ってしまう。ティアが叱りガイやナタリアが双方をなだめているが、あまり上手く行っていないようだ。ルークは多少譲歩出来そうに見えるが、アッシュが完全に遮断しているのが悩みどころでもある。かと言ってふたりで戦闘する時は息がピッタリというか、まるで鏡に写したようにそっくりなのに。丁度アッシュの利き手が右、ルークが左で反転している。昔は仲が良かったんだけどな、とガイが懐かしそうに言っていたので、何か……これ程までに亀裂が入る出来事があったのかもしれない。
 他人が勝手な想像をしてもしょうがない、か。ユーリは深く入り込み過ぎないよう自分でセーブし、気持ちを切り替えた。こんなご時世どこのご家庭でも問題はあるもんだ、それに首を突っ込む程自分は暇じゃない。……はずだ。
 あやふやになっていく言い訳を遮断し、ユーリは踵を返して船内に戻る。ロックス達の手伝いをして、どんなデザートを作ろうかと考えながら。


「おかえりなさいませ、ディセンダー様」
「ただいま、何かあったかいもの飲みたいな」
「ではホットココアをお出ししますので、座ってお待ちくださいね」

 昼を過ぎて夕方頃、ひょっこりとディセンダーは食堂に顔を出した。髪の毛の所々に雪をくっつけ、寒そうに腕を擦っている。ユーリは苺のショートケーキを食べる手を止め、冷たそうな雪を払ってやった。ありがとう、と小さく礼が返ってきて、隣に座ればすぐにロックスがココアを持ってくる。ミルクと砂糖を多目に入れて、ぐいっと飲み安堵の溜め息。どうやらヴァンの依頼で霊峰アブソールに登ってきたらしい。となるとあのお坊ちゃんは、ディセンダーよりも腹出しの薄着でうるさいくらいに寒がっただろうなと容易に想像出来た。

「双子のお守お疲れさん。ケーキも食うか?」
「ユーリの苺ショート? うん食べたいな」

 ユーリは立ち上がり、冷蔵庫から残りを切り分け、皿に乗せて運ぶ。ココアのおかわりを注いでもらい、ディセンダーの瞳は子供のように輝いていた。

「美味しそう、いただきます」
「はいよ、おあがりなさいっと」

 お腹が減っていたのか美味いと思ってくれたのか、あっという間に食べてしまう。それ程までにヴァンの依頼は厳しいものだったのだろうか、ふと疑問が浮かぶ。今のディセンダーは僧侶で、レベルはそれなりにあったはず。アッシュもルークも、普段喧嘩ばかりしているが戦闘の時は案外割り切って連携するのだから、数で負けてもそう手こずる事は無いと思うのだが。疑問に思い気になって、ユーリは軽い口調で聞いた。

「ヴァンの依頼ってやつはそんなきつかったのか?」
「ん〜、きつくはなかったよ。どっちかと言うと……気疲れ?」
「またあの双子が場所も弁えず喧嘩したのか、懲りねーなほんと」
「あのふたりは喧嘩がデフォルトだからいいんだけど、それとはちょっと別かな。なんていうか、気まずい」
「気まずい? お前そういう空気読めるようになったのかよ」
「まあ、それくらい微妙な空気だったって事」
「へー、そりゃまた……」

 珍しいな、と率直に思ってしまった。ディセンダーは感情すら産まれたばかりの成長過程、故に場の空気を良くも悪くも壊したりする事がしばしば。だがそのディセンダーからでも、気不味いと言わしめるとは。一体ヴァンの依頼内容とはどんなものだったのだろうか、聞いてみたいようなどうでもいいような。
 あの双子はあまり周囲が間に入ると余計にこじれる気配もあるし、時間にまかせておけば自然に解決しそうでもある。変な気遣いは逆効果になりそうで、中途半端に関わっても双方に得は無いだろう。ただほんの少し、ルークは引きずりそうだな、とは思った。内容を知らない内に心配してもしょうがないので、これ以上は無意味か。明日、闘技場に行く時探ってみるかな。その時に何か前兆がありそうならば引き出して、自分の中で処理出来るなら放置だ。
 ケーキのパラフィン紙をツンツン、とフォークで行儀悪く突付く。ここにルークが現れないという事は部屋に戻っているという事で、ガイやティアに慰められているか当たり散らしているか、それともひとりで落ち込んでいるのかも。明日にしよう、と決めたのにどこかじっと待てない気分。
 自分も大概だな……そう呆れを少しだけして、瞳を瞑って抑え込んだ。明日会うんだから、その時でいい。その時頼って来たら、普段よりか話を真面目に聞いてやろう。そう新しく決め事を追加しながら、ケーキの甘さで流してしまおうとおかわりの為に立ち上がった。バカリと開けて、残る一切れ。ルークの分だったのだが、今の話ではここには現れそうにない。残念だが自分で始末してしまおう。目的を果たせなかった苺ショートは、なんとなくだが甘さが控えめになっているような気がした。






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