ラプンツェルの棺








2


 十分程だろうか、馬車のスピードがゆるりと落ちていき、その歩みを停めた。おもむろにアッシュが立ち上がり、視線で下車を促す。それに従って外に出てみれば、雲掛かる月だけが光源の中に一人の青年が立ち止まっていた。
 金髪碧眼に、パッと見だけでも爽やかそうな好青年の印象。光源の鈍い月夜にハニーブロンドが場違いそうに輝いていた。

「待たせた」
「いや、まだ大丈夫だ。だが言う程の余裕もない」
「そうか」
「地図は確認しているな? 懐中時計は持っているか? 香は時間が重要だぞ」
「大丈夫だ。全てぬかりねぇ」
「頼むぞ。もし今回失敗すれば、次が難しくなる。ただでさえ今は内外混乱が激しい。ここが手薄になる分には問題無いが、楽観視は危険だ」
「うるせぇってんだろうが! グチグチ言わなくても分かっている! この件で俺が失敗するつもりは毛頭ねぇんだよ!」
「分かってるなら静かにしろよ」
「……!」

 アッシュを諌める形で手球に取る様子はジェイドを思わせるが、軍人よりかは親しみを感じさせた。青年がちらりと此方を伺い、歩み寄ってくる。表情は温和そうだが、纏う雰囲気は少々剣呑だった。

「そちらさんは協力者だな? 俺はガイ・セシルだ。よろしく頼むよ」

 アッシュに向けた顔とは打って変わって、人好きしそうな笑顔を3人に向ける。けれどそれを直ぐに翻し、アッシュに用意していたらしい麻袋と地図を手渡した。

「これから俺は陽動に移る。申し訳ないが外からのフォローは余り期待しないでくれ。検討を祈る」

 そう言ってガイは馬に乗って走り去ってしまう。ここに留まっていたのが嘘のような速さだった。先程のアッシュとのやり取りから見て親しい協力者であるだろう事は分かるが、クラトスのような傭兵にも見えない。ライマの騎士ならば態度が砕けすぎている。それに何より、表情で隠していたが余り余裕を感じ取れなかった。

 時計を気にしながら、アッシュは地図を頼りに静かに進む。少しすれば森の中からコンクリート製の不自然な施設が見えてきた。闇夜と共に深緑に照らされる様は一種不気味で、夜行性の動物達や虫の音色が響くその場所をより近づきがたく彩っていた。

「……ここだ」
「さっきの奴が陽動とか物騒な事言ってたが……。どうすんだよ、まさか強襲するとか言うつもりか?」
「そうだ」
「おいおいちょっと待てよ、それだと話が違ってこないか? 
 ……いい加減もうちっと詳しく説明しろ。何にも知らないで利用されてやれる程オレもお人好しじゃないぜ」

 チッ、とまたもはっきり聞こえてくる舌打ちに苦笑が漏れる。しかしいくらギルドメンバーだからと言えど流石に国家問題が絡んできそうな荒事を簡単に手伝ってはやれない。特に今回はアッシュの独断のようでもある。自衛もあるが、若者の行き過ぎた暴走を収めるのも大人の役目である。

「……ある重要人物の救出だ」
「救出? それならクエスト登録すりゃいいじゃねーか。なんでこんなコソコソやってんだよ」
「馬鹿が。素直に登録出来ないからこうやって動いているんだろうが。イチイチ聞くんじゃねぇ!」

 声を潜めながら怒鳴るという器用なことをするアッシュだが、素気無く返される言葉は理不尽極まりない。

「ライマ国の機密に触れるため、表立って行動出来ないというのがジェイド大佐からの言葉です」
「ハン! あいつが言いそうなセリフだ。だがそれもラザリスの牙が生えて、事情が変わった。機が熟すだのなんだの待っていたらそれこそ事態がどんな風に転がるかわからねぇ」
「何が起きると言うんだ? ライマがそれに関わるとでも?」
「これからの展開次第だろうな……。だが、俺としてはいい加減限界なんだよ」
「限界?」
「コレ以上あのクソテロリストの所なんかに、兄上を置いておけねぇ」

 忌々しそうに、苦渋に満ちた顔で吐き捨てるもアッシュに満ちているのは喩えようもない切実さ。
 ――兄上。アッシュから出たその単語で、3人はようやく大体の事を悟った。
 アッシュが乗船してからナタリアとの関係が何度も話題に上がったが、アッシュはそれに「ナタリアとは婚約関係にあるのは俺ではない」と強く否定していた。
 ライマ王家の王子であるアッシュと王家筋の令嬢が同じ避難先に行き着いたのは将来に向けて上からの意図があったからだろう。それともナタリア以外の婚約者が他に居るのだろうか? しかしそうなると二人の親密さに説明がつかない。血筋を重要視する王家の人間ならば人目のある所で婚約者以外の女性を近づけさせるだろうか? 安全の為に別の場所へと別れているのかとも思われたが、長らくナタリアからそういった話題も出ない。様々な憶測が噂好きと思慮深い大人達の間で巡っていた。
 だがアッシュの兄がテロリストに身柄を拘束されているというならば話は簡単だ。彼に兄弟が居るとは聞かなかったが安全の為に秘匿していたのも頷ける。おそらくその兄君が継承者第一位であり、ナタリアの婚約者なのだろう。
 未来の王が捕縛されているのならば国としても慎重にならざるを得ない。ジェイドが機に機を重ねるのも軍人として当然だろう、例えそれが弟であるアッシュの意向を無視することになっていても。
 だがそれが分からないアッシュではない筈だった。しかし頭で理解していても我慢がならなかったのだろう、これまでのアッシュの態度から余程兄弟仲が良かったのだろう事が伺える。

「では、先程の方は」
「兄上付きの騎士だ。残ってテロリストの監視をさせていた」
「騎士? ……その割に結構砕けてたな」
「小さい頃からの付き合いだからな。兄上の騎士というよりかは、口煩い世話係みたいなものだ」

 ハン、と口元を歪めて笑うが、目線は施設の入り口から動いていない。ユーリらも施設に目を向けると、ふと突然施設内が騒がしくなった。慌てた様子で数人、バラバラの服を着た野盗混じりが出てくると怒号を上げて森の奥へ纏まって走り去って行く。先程ガイが言っていた陽動か、と想像が付く。少しして建物の窓や隙間から煙が上がるが火の手は見えない。恐らく催涙か睡眠香の類だろう。

「陽動が始まったな」

 そう言ってアッシュは麻袋からマスクとゴーグルを三人に配る。言及する気も収まり大人しくそれを取り付けると、アッシュは神経質そうに懐中時計を見つめた。

「一階中に睡眠香を撒いている。今のうちに潜入するぞ」
「場所の目星はついているのか?」
「検討はつくが、実際は入らなきゃわからん」
「作戦時間の目安は如何程ですか?」
「五,良くて十分あたりだと踏んでいるが、さっきの連中を見るからにずぶの集まりっぽいな……。二十分が限界だろう」

 ゴーグル越しでも分かる程アッシュの瞳は侮蔑の色をはっきりと浮かべた。では二手に別れるか? クラトスが提案するが、アッシュは首を横に振る。

「いや、四人でないと正直無理だろう。兄上が今どんな状態かも分からないしな」

 いざ現場に着けば慎重な行動に、テロリストとはいえ継承者第一位をあまり乱暴に扱うものだろうか? とは思ったが、むしろ第一位だからこそどんな目に合っているか想像がつかない部分はある。速攻首をはねられていてもおかしくはないが、今までの言動からして生存はしているようだ。

「俺の後を付いてこい。逸れるなよ。残党が出た時はとにかく黙らせればいい。生死は問わん」

 鋭く言うと、駆け足で行動を開始するアッシュ。足音も気配も無くそれに続くすず。クラトスが顎を向けて、ユーリに先を促す。殿を務めるつもりなのだろう。
 あちこちから上がる煙を全く無い物かのように、ずんずんと進む。頃合いなのだろう、煙も少しづつ薄まっていき視界の自由が効いてきた。幸いな事に残党にはまだ出くわさない。余程陽動が上手く効いたのか、野盗崩れの集まりなのか……。そのどちらとしても今はその幸運に助けられている事に間違いなかった。

「地下か?」
「いや、事前調査で地下はそれ程広くない事が分かっている。一階だ」

 広い狭いが関係するのだろうか? 昔から宝物を秘めるなら地下と相場が決まってはいるがきっぱりと言い切るアッシュの前に言葉を挟める雰囲気ではなかった。余程念願だったのだろう、その鬼気迫る表情に素直に後ろを着いて行く。
 迷いない足取りで奥へ進むアッシュがとある部屋の前で止まる。その扉には幾重もの鎖と錠が巻き付かれており、一目何かあるだろう気配を漂わせた。

「おそらくここだな。ホール以外で場所を確保できるのはここくらいだ」

 人質一人にそれほど広い空間を必要とするのか? とユーリは疑問に思ったがそれを口に出す前にアッシュが詠唱を始めた事で中断された。

『ロックブレイク!』

 確かにアッシュが覚えている中では威力は一番下で小範囲とはいえ、ロックブレイクは十分中級晶術である。剣で潰すか断ち切ればいいものを、これを聞きつけて残党がやって来たらどうするつもりなのか。
 しかし今夜のアッシュはずっと、普段なら考慮しそうな事も全て吹き飛ばすかの勢いでがむしゃらだった。中途半端に冷静な部分も残しているのだから質が悪い。これは確かにジェイドとてユーリに頼みもするだろう。
 追い立てられるようなアッシュの行動に、一言文句という名の注意を促そうとしたユーリだったが、開いた扉から現れたその光景に息を呑んだ。

 どうやら壁が取り外せるタイプの部屋らしく、二部屋ぶち抜いたその中央に異様な雰囲気を醸し出してそれは鎮座している。
 それは大人二人は優に入れそうな、大きな棺桶だった。
 全体を重厚感溢れる漆黒に漆塗りし、白金と深紅の交差する意匠が細かく縁取りを飾っている。何より正面に金箔で施されているライマの国旗が目立つ。
 ”高価そうな”というよりも”不気味な”空気に、常に冷静なすずやクラトスも僅かに動揺が見て取れる。

「チッ! どんな物かも知らず扱いやがって……!」

 沸点最高潮、といった様子でマスクとゴーグルを脱ぎ捨てるアッシュ。今テロリストが現れたらそれこそ腹立ちまぎれに一撃の元切り捨てられてしまいそうだった。煙は最早完全に引いており、誰かが駆けつけてきそうな気配も無くなっている。
 ゴーグルを脱いで直視する棺はやはり不気味で、同時に兄を探すアッシュが何故この部屋に辿り着いたのか分からなかった。

「おい、まさかこの棺が……お前の兄だってのか?」
「そうだ」
「では、手遅れだったのか?」
「いや違う」

 棺の傍に跪き、愛しいものを見る瞳で棺を撫でる。眉根の皺は緩めなかったが、今夜初めてのアッシュの安堵だった。
 正に王族貴族が永久の眠りに使われそうな豪奢な棺を前に最悪の事態を予想するが、それでは今までの話と矛盾するし、アッシュのこの態度もおかしい。いい加減断片的な情報では此方が混乱するばかりだ。

「俺の双子の兄であるルーク・フォン・ファブレが、この棺で眠りに就いてるんだ」
「……眠っている?」
「ああ。ずっとな」
「テロの時からですか?」
「いや、もうずっと……。七年前からだ」
「七年前からって、一体……」

 追及しようとユーリが一歩前に出るが、それをクラトスが制した。ムッと睨むが、意に介さないクラトスがアッシュに脱出を促した。

「この大きさの棺を運び出すのは手間がかかる。迅速に行動すべきだ。……話は落ち着いた後でいいだろう」

 最もな意見だ。陽動で外に出た人数も何時帰ってきて鉢合わせするか分からない。とにかく今はここを出て、それから根掘り葉掘り聞き出すとユーリは決めた。ここまでの手間賃にこれくらい貰ってもいいだろう。
 クラトスの言葉に頷くアッシュが立ち上がり、麻袋からロープと持ち手タグを取り出して棺に掛け始めた。

「建物を少し離れればライマの協力者を待機させている。そこから移動した後馬車で運び、バンエルティア号に乗せる」
「バンエルティア号に? ……いいんですか?」
「今となりゃ国よりあの船の方が安全だ。……何よりナタリアが待っている」

 アッシュの兄で、本来のライマ国継承者第一位で、ナタリアの婚約者。役満状態だねとからかうもそんな身分の人物が棺に眠っているどう考えても異様な事態に、ユーリはむしろ問題はこれからなのだろうと予感した。










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