33///天使はいたんだ13 |
ユーリがそれに気付いたのは、結構な距離まで来た頃だ。教会傍に建つ時計塔の高さはかなりのもので、壁に大きな時計が刻まれている。そして天辺には街中を響かせるに相応しいサイズの鐘が、鐘突き場となって設置されていた。遠くからも目について相当目立つ、いわばこの街のシンボルだろう。見上げてみればその高く大きな鐘突き場に何か……白い影が見えた。
「ルーク!」
高くてはっきりとは見えないが追い詰められているように背中を向け、白い翼が縁を飛び出して広がっている。ちらりと奥に見えたルークとは別の人影、夕暮れでもきらりと反射する光、刃物か! 舌打ちしつつも状況を予想する。
鞘を握り締めて走れば視線の先に教会の建物が視認できる。もう少し! と思ったが建物内に突入している暇があるのか、とも一瞬迷う。一般が時計塔に立ち入れられるか、の前にルークは刺されてしまうかもしれない。だが迷っている暇すら無い! 顔を上げて天高い鐘突き場を見れば、ルークの体は半分も空に出ているではないか。
「ルーークーーッ!!!!」
赤焼けの空、大声の振動は響いて鳥達がバサバサと飛び立つ。肺の空気を全て出してしまったせいで、ユーリの息は音を上げてゼイハアと切れた。この距離でようやく届いたのか、鐘突き場の人影は少しキョロキョロと慌てている。そしてルークは声を探し顔を向け、やっと遠くのユーリに気付く。お互い遠いのではっきりとは見えないが、その存在は確認する。
「……おいおいおい、冗談だろ!?」
時計塔最上階、鐘突き場。既に体半分出ていたルークは、足を負傷しているのかぎこちなく縁を越え、その体もろとも飛び降りたのだ! 残った人影は驚き手を伸ばすが、当然に届かない。その片手に持つナイフがきらりと目に眩しく当たり、呆然としていたユーリの気を戻す。
ばさあっ!
ルークが背中から翼を生やした、あの時のように視界いっぱいに羽根が舞う。白い世界、まるで雪のようで。ユーリはこんな時なのに綺麗だと思った。
ルークは背中の翼を目一杯羽ばたかせ、空中で体勢を立て直し曲線を描いて緩やかに空を飛んだ。風に乗って雄大に、人間一人が真っ赤な空を背負って白い翼が一段目立っている。服の白裾がばたばたとはためいてそれがまるで鳥の尾羽根だ。まさに本物の鳥そのものが重力の檻から解き放たれて自由に、ルークは空を架けていた。
だがよく見ていると、ルークの高度は段々と下がっていく。当然だろう、人間の体重は空を飛ぶには不適切で、ルークは本来飛べないのだ。今は飛んでいるのではなく、緩やかに落ちているという状態だろう。
振り向けば少し高い目線の位置に、白い羽根がちらちら、風を切って近くまで。二人平行状対で走り、もう頭の上くらいまで高度が下がっているルークは、やっぱりユーリを見て笑っていた。
「ルークお前なあっ!」
掴まえられた事を嬉しそうに、ルークは羽根をぱたぱたさせて抱き付く。一気に体重が掛かってユーリはずしりと、腕の中の重みにバランスを走りながら取る。人でも急には止まれない、足を慣らしながらスピードを落とし教会から離れる。
街を離れて見てみればルークの右足はやはり負傷していて、靴を脱がせば切れて血が出ていた。それに服が所々切り裂かれており、腕には数本の朱線が。あの狭い場所で華麗に避けたのだと自慢気に言うルークに、ユーリはゾッとしたりホッとしたり、心身ともに疲れた。
「空飛ぶって、やっぱり気持ち良かった! もっかいしたいな〜」
ルークは興奮で翼をばたばた羽ばたかせ、背中で遠慮無く暴れている。さっきは本当に危なかったというのに反省も無く、もう忘れているのか。それにこちらもすっかり頭から抜け落ちているようだが、ルークは一人で勝手に街に出ている。その後の結果としてどういう事になるのか……こうも浮かれている様子では、本当に鳥頭と言われても仕方がないのではないか。 ▲ |
34///天使はいたんだ14 |
バンエルティア号に帰れば当然、待っていたのは笑顔のアッシュだった。あのアッシュが、にこにこと笑っている迫力はジェイドのそれよりも恐ろしく、双子であるルークはほぼ泣いている涙目でぺこぺこと許しを乞うていた。
*****
あらかたほうぼうからの説教と仕置きが終わって、遂にルークは翼の切除に踏み切る事にした。痛い目を見てやっとこの翼は自分に不利益しかもたらさないと分かったらしい、遅すぎる。その痛い目というのもあの街で襲われかけた危機ではなく、その後の説教からなのだからどうしようもない。
ライマ部屋、ジェイドがマッドサイエンティストの鏡のような顔で笑っている。きらんと輝く眼鏡が不気味で、手に持つメスが妖しく光り輝いていた。そしてルークはそれを見て、真っ青に涙目でユーリの背中にガタガタ隠れている。お互いの気持ちは分かるが、話が進まないのでさっさとやってもらいたい。
「勘弁してやれよ、もう十分だろ」
そうあっさり返されて、ユーリは肩がズレそうになる。全くライマは主従共併せて碌なのが居ないな、と思ってしまう。雰囲気作りなのか白衣を着たジェイドはルークの背中に周り、メスで背中の服をざくざく切り始める。
「範囲を極小に絞り……アイシクル!」
ルークの背中で晶術が発動し、ピキィンと翼の付け根を凍らせた。思ってもみない冷たさにルークは体を固まらせ、まるで石像になったかのようにピシリと止まる。その間にジェイドはてきぱきと、凍った付け根にメスで切り込みを入れた後、手早い動作で剣を振り下ろしてパキィンと割り離した。
「ぴぎゃあ!」
衝撃に驚き、ルークは思わず目の前の背中をがじがじと噛む。ユーリは背中で何が起こっているのか完全に見えず、結構な理不尽を文句一つで我慢した。
「……あれ? なんか全然痛くないんだけど。もう終わり? 早くね?」
ジェイドはにこりといつも通りの顔で笑い、いつも通り胡散臭い顔だった。こういう人種にはレイヴンで多少慣れているが、ジェイドという人格はまた別の何かを感じさせるには十分だろう。それでもまあ、翼を入れた麻袋を背後に隠しルークの目には止めないよう気遣っている部分もあるのは認める所だ。
「ではユーリ、後は頼みますね」
その言い方にユーリは違和感を感じて、眉を潜める。丁度良い機会だった、なんてニュアンス。ではルークに翼が生えるのは必然だったのだろうか。そもそも結局、何故翼が生えたのか聞いていない事に今更気付く。ルークの世話に明け暮れて、すっかり飛ばしていた。これではどちらが鳥頭だろうか。
「ところでその翼、どうするんだ。まさか本気で出汁にするんじゃないだろうな」
まあ焼いたり捨ててしまうよりかは、余程ジェイドらしい答えだ。ルークは不満そうにしているが、口答えしないので全てジェイドに任せているのだろう。前々からどうも、ルークは思った以上にジェイドへの信頼が厚い気がしている。同国なのだから当然かもしれないが、二人の性格上どこか奇妙に映る信頼関係なのも確かだった。
「そもそもなんで……ルークに翼が生えるのか、オレはまだ聞いてないんだけど?」
にやりと胡散臭げに笑い、ジェイドはいつもの様に眼鏡のブリッジを上げた。自信家な態度であるが、彼がすれば妙に様になって迫力を感じさせる。ユーリが黙って睨みつけると、ジェイドはそのまま何も答えず部屋を出て行ってしまった。
意味有りげな態度、ユーリの感が嫌なものだと告げている。それはおそらく、罠のような何か。人を散々振り回し遊んで、欲求が出てきた所で取り上げてしまうような。全く彼は冷静で計算尽くで、冷酷だ。人の心を弄んでもそれが主人の為ならば構わない、という殊勝な心がけだろうか? 想像して鳥肌が立つ。
「う〜、ユーリぃ背中冷てぇ!」
考えていると相当深く潜っていたのか、ルークの情けない声で呼び戻される。腕を思い切りのばして抱き付き、以前と変りなく眉を下げて唸っていた。翼が無くなれば飼育係は解任されたも同然なのだが、培った時間が消えてしまう訳でもない。ルークは警戒なんてやっぱり鳥頭で忘れたような顔で、冷たい冷たいと言っている。
食堂に行ってお湯を分けて貰うかな、決めればユーリの行動は早かった。ルークが離れないのでそのまま連れて、部屋を出る。手を握れば少し頬を赤らめるがやはり離そうとしない、ユーリは頭と背中を撫でてやり手を引いて歩き出した。 ▲ |
35///ひとつのベッドで二人一緒に寝るユリルク |
*久しぶりにこの言葉を使います。深く考えずに書いたのでヤマもオチもありません、何時もの事ですが ベッドの毛布に足を入れるとひんやり冷たい温度が全身に渡り、せっかく風呂で暖まった体がぶるりと震える。ルークは正直な感想と我儘を目の前の男へ怒りと共に吐いた。
「おい、俺が寝る前にお前が入って温めとけっての! さみーんだよ!」 不満をぶつくさ言いながら、もぞもぞ体を沈めて丸める。パチッと部屋の明かりが消えたのを合図に、ルークはごろりと横向きに寝転がった。足音無くユーリがベッドまで、そっと入り込めば今度はこちらが不満の声を漏らす。
「なーんでいっつもこっち向かねーんだよルークは」 その言葉に正直ぎくりとして、けれど暗闇なのだから分かるまいとルークは声を慌てて走らせる。隣に沈む重さに引き摺られ、毛布の中の腰に感触があってどきりと心臓が跳ねた。寝間着を潜り、いたずらをする手がくすぐるように肌を引き摺るので体を捩って抵抗する。
「やめろばか、ドサクサに紛れて変なとこ触るんじゃねーよ!」
臆面もなく胸元まで這う指先にキレて、ルークは自慢の足で隣の不埒者をベッドから容赦なく蹴り落とす。どさりと暗闇の中で響く音は軽く、ユーリは痛くなさそうな声でいってぇなと言うので、次いで枕をぼすんと、叩きつける勢いでぶん投げる。 「おーい、悪かったって」
しーんと、静まり返る部屋にユーリはぽりぽりと頭を掻く。爆発するのは何時もの事だが、相変わらずどこで吹き零れるのかよく分からない。だがルークと付き合っていく内でこの程度可愛いものだ、ユーリは気分を害する事なく立ち上がり別部屋で寝るか……そう考えた時だった。
「だから、さ、……寒いだろうーが、ひとりだとよぉ」
ぐいっと強引な手が足元を引き摺り倒し、ユーリの体を無理矢理床に落とす。ロール生地な毛布がぐわりと襲いかかり、ユーリの懐へぶつかりながら体を押し付けてきたルーク。ふたりの腕は自然勝手にお互い包んでいて、直接な床の冷たさもなんのその。 ▲ |
36///ひとつのベッドで二人一緒に寝るユリルク・朝 |
*ヤマもオチもな(ry ちゅんちゅんと鳥の声が聞こえる訳もない、防音完備なバンエルティア号の静かな船内。窓からは朝陽が掠れて柔らかに目覚めの刻を知らせてくれる。ルークは物凄く珍しく、こんな早くからぱっちりと丸くなっていく自分の眼球を自覚した。 「……ねてる」
そう、本当にとってもかなり超絶稀な事に、ユーリよりも先にルークの目が覚めたのだ。毎朝ルークは寝汚なく、起こされるまでいや起こされてもうだうだ気が済むまで毛布の中でぐだつく、それをあやしたり囃したりするのはこの男。 「ちくしょー、むかつく顔しやがって」
ルークは暴れる心臓を誤魔化す為に毒づくが、ちっとも効果がないように感じる。流されない強さで自己を確立する瞳が閉じられれば、後はなんとも言えない色気が起きたての血圧を上げようと迫ってきた。上澄みの感情くらいしか表に出さないユーリは眠っている時、本人の意思外で豊かになっているようだ。
黒が主体の瞳は濃い中に紫色が隠れているのを知っている、今それは宝箱の奥に隠されて秘宝の罠として大人しい。案外大きな瞳なのに細めて睨み付ければ野生の凶暴さを思わせた、時々そんな目で見られる事がある。どういうタイミングなのかは最近薄っすら勘付いているがまだ知らないフリをしておきたい。 「色気が悪いんだと思うんだよな、ユーリは」
例えば、長髪を伸ばしっぱなしにするから後ろ姿を間違われる。前にひとつくくりにして騎士服を着ていた時の事を思い出し、ルークは自分の血圧を上げた後やっぱ無し、と却下した。それか胸元を開けっ放しにしているから無駄にフェロモンを放出しているのである、もっとかっちり閉めておくべきだ。けれどそう言えば以前どこかの学生服を着ていた時、クロエに咎められシャツのボタンを渋々その場限りで止めた窮屈そうな姿。あれは逆に禁欲的な感じがして、ルークの命令で即行外させた。
「なーに人の事じろじろ見てんだよ、ルーク」
とんでもない容疑をかけられ、けれどそれが事実なのでルークは言い訳出来ない。パクパクと口を動かすが引っ込んで出てこない声、それをニヤついた顔で見るユーリ。せっかく先に目覚めたのに、誰だ早起きは三文の得と言った奴はむしろ損してるじゃねーか! と責任の所在を遠いどこかに丸投げしたいが、ユーリの寝顔を見れたのがとんでもない得なのは事実な訳で……。 ▲ |