33〜36

33///天使はいたんだ13
34///天使はいたんだ14
35///ひとつのベッドで二人一緒に寝るユリルク
36///ひとつのベッドで二人一緒に寝るユリルク・朝




















33///天使はいたんだ13

 ユーリがそれに気付いたのは、結構な距離まで来た頃だ。教会傍に建つ時計塔の高さはかなりのもので、壁に大きな時計が刻まれている。そして天辺には街中を響かせるに相応しいサイズの鐘が、鐘突き場となって設置されていた。遠くからも目について相当目立つ、いわばこの街のシンボルだろう。見上げてみればその高く大きな鐘突き場に何か……白い影が見えた。
 夕暮れの足が訪れ始めている今、あの真白さははっきりと目立つ。そしてユーリは何度もあの色を見てきている、見間違うはずもない。距離はあったが、大声で空に向けて響かせた。届くかどうかなんて考えていない、走って切れる息を無理矢理押し退けて叫ぶ。

「ルーク!」

 高くてはっきりとは見えないが追い詰められているように背中を向け、白い翼が縁を飛び出して広がっている。ちらりと奥に見えたルークとは別の人影、夕暮れでもきらりと反射する光、刃物か! 舌打ちしつつも状況を予想する。
 まさかあの状況で、ルークの味方だとか楽天的な希望は願えない。見世物小屋へ売り飛ばすのかルークの地位を知っているのか、思いつく数はそれなりにある。だが取り敢えず今の瞬間、あの白い羽に赤い染みを付けられそうであるには間違いなかった。天空の檻に捕らわれて逃げ場が無いだろう結論に、ユーリは足を限界以上に早める。


 鞘を握り締めて走れば視線の先に教会の建物が視認できる。もう少し! と思ったが建物内に突入している暇があるのか、とも一瞬迷う。一般が時計塔に立ち入れられるか、の前にルークは刺されてしまうかもしれない。だが迷っている暇すら無い! 顔を上げて天高い鐘突き場を見れば、ルークの体は半分も空に出ているではないか。
 追い詰められて逃げ場が無いのは分かるが、そこから落ちるだなんて止めてもらいたい。それくらいならば素直に捕まり、こちらが助けに行くまで大人しく待ってくれと言いたかった。本当にルークは、無茶ばかりで目を離せない!
 ユーリは焦る気持ちと、ルークを追い詰める人影の牽制になればと思い、立ち止まって大声で呼んだ。

「ルーークーーッ!!!!」

 赤焼けの空、大声の振動は響いて鳥達がバサバサと飛び立つ。肺の空気を全て出してしまったせいで、ユーリの息は音を上げてゼイハアと切れた。この距離でようやく届いたのか、鐘突き場の人影は少しキョロキョロと慌てている。そしてルークは声を探し顔を向け、やっと遠くのユーリに気付く。お互い遠いのではっきりとは見えないが、その存在は確認する。
 そしてユーリは荒く息を吐く中、高く遠いルークの顔が笑ったように見えた。

「……おいおいおい、冗談だろ!?」

 時計塔最上階、鐘突き場。既に体半分出ていたルークは、足を負傷しているのかぎこちなく縁を越え、その体もろとも飛び降りたのだ! 残った人影は驚き手を伸ばすが、当然に届かない。その片手に持つナイフがきらりと目に眩しく当たり、呆然としていたユーリの気を戻す。
 この高さじゃいくら身体能力が高くても怪我は免れない。いやそもそもルークの剣技は型にはまったもので、高場から飛び降りるだのなんだの大立ち回りを教えているとは思えなかった。受け身くらいは基本で教えているだろうけれど、いざ実際では慣れていなければ上手くいかないものだ。それに以前海に落ちた時のように、翼がバランスの邪魔をするかもしれない。上げればキリがない程に、不安要素しか出てこないではないか。
 空中に投げ出されているルークはやはりバランスが取りにくいのか、翼が上手く開かず頭からきりもみ状態で落ちている。いくら高い時計塔からでも地面なんてあっという間だ、瞬きすれば次開けた時にルークの髪色と同じ色が地面に散っているかもしれない。
 ユーリは持っていた剣を投げ捨て、全身を切り絞り駆けた。だが無慈悲にも間に合うとは思えない、けれど足を止められる訳もない。いいや思考も全て走ることに回し、意地でも間に合わせろ!! 頭を上げなくても確認出来る程に地面との距離を縮めた、ルークの朱金が一本の線となって夕焼けに滲む。ユーリは心臓が止まってもいいと願って手を伸ばした。その瞬間。

 ばさあっ!

 ルークが背中から翼を生やした、あの時のように視界いっぱいに羽根が舞う。白い世界、まるで雪のようで。ユーリはこんな時なのに綺麗だと思った。

 ルークは背中の翼を目一杯羽ばたかせ、空中で体勢を立て直し曲線を描いて緩やかに空を飛んだ。風に乗って雄大に、人間一人が真っ赤な空を背負って白い翼が一段目立っている。服の白裾がばたばたとはためいてそれがまるで鳥の尾羽根だ。まさに本物の鳥そのものが重力の檻から解き放たれて自由に、ルークは空を架けていた。
 その姿に、ユーリは目を奪われる。人が空に憧れるのは、生まれた時から地に足を付けているから。その鎖を外して何者にも捕らわれず、我が物顔で占拠する空の王様。ルークに似合いすぎて、称賛と感動以外に湧いてこなかった。

 だがよく見ていると、ルークの高度は段々と下がっていく。当然だろう、人間の体重は空を飛ぶには不適切で、ルークは本来飛べないのだ。今は飛んでいるのではなく、緩やかに落ちているという状態だろう。
 空中で軌道を苦労しながら変えているのか、ルークはユーリの方へ向かって落ちてくる。それにやっと気が付き、ユーリは来た道を慌てて戻り走りだす。今度こそ全力疾走で、体中の酸素が足りないと喚いているが無視する。

 振り向けば少し高い目線の位置に、白い羽根がちらちら、風を切って近くまで。二人平行状対で走り、もう頭の上くらいまで高度が下がっているルークは、やっぱりユーリを見て笑っていた。
 あんにゃろう楽しそうに、と文句を言いたくなったが今口にしている余裕はない。ユーリはタイミングを見計らい、ジャンプしてルークに飛びつき体ごとキャッチした。

「ルークお前なあっ!」
「へへ、ナイスキャッチ!」
「この馬鹿野郎、オレの肝を潰す気か!!」
「ユーリが掴まえてくれるって信じてたよ!!」

 掴まえられた事を嬉しそうに、ルークは羽根をぱたぱたさせて抱き付く。一気に体重が掛かってユーリはずしりと、腕の中の重みにバランスを走りながら取る。人でも急には止まれない、足を慣らしながらスピードを落とし教会から離れる。
 ルークを追い詰めていた奴がどんな目的だったのか分からないが、碌な相手ではないだろう。取り敢えず今は逃げるが勝ち、とばかりに街を出てバンエルティア号に帰る事にした。




 街を離れて見てみればルークの右足はやはり負傷していて、靴を脱がせば切れて血が出ていた。それに服が所々切り裂かれており、腕には数本の朱線が。あの狭い場所で華麗に避けたのだと自慢気に言うルークに、ユーリはゾッとしたりホッとしたり、心身ともに疲れた。
 取り敢えず軽く手当をしたが、翼を酷使した体はふらふらしており頼りない。足の怪我もあるのでユーリはルークを背負い、夕暮れの帰り道を歩いている。背中のルークは顔は見えないが、声で分かるくらいにご機嫌に鼻歌まで歌い出す始末。全く自分が何をやったかわかっているのだろうか。
 全く慣れていない、むしろ一度失敗してしまった飛行に一発勝負を賭けたのだ。下にユーリが居たとはいえ、無茶が過ぎる。あれがフレンだとかジュディスならば、ユーリだってそこまで心配しない。これが今まで面倒掛けられ尽くしのルークだから、ユーリは身が千切れる思いだった。
 だが、そうやって手を掛け過ぎていたせいでもしかしたら、ルークは飛べなかったのかもしれない。過保護でいたつもりはなく、むしろ厳しくしていたと思っていたのだが……。自分で思っていた以上にこの翼の生えた王子様に傾倒してしまったらしい、とユーリは自分の分析に苦笑いしか出ない。

「空飛ぶって、やっぱり気持ち良かった! もっかいしたいな〜」
「馬鹿野郎、もう二度とするなよ?」
「ユーリにも見せてやりたかった、あの光景。下にいっぱい建物があって、風が頬にガンガン当たってよ」
「はいはい、もう勘弁してくれって……。ハロルドに頼んで小型飛行機でも作ってもらえ」
「お、それいいな! そしたらユーリも一緒に飛べるもんな! 俺が先導してやるぜ」
「だから飛ぶなっつってんのに……。人の話聞きゃしねぇなこのお坊ちゃんは」
「一度飛んだらきっとユーリも病み付きになるぜ? 二人でルミナシア一周するかー!?」
「うお、暴れるな!」

 ルークは興奮で翼をばたばた羽ばたかせ、背中で遠慮無く暴れている。さっきは本当に危なかったというのに反省も無く、もう忘れているのか。それにこちらもすっかり頭から抜け落ちているようだが、ルークは一人で勝手に街に出ている。その後の結果としてどういう事になるのか……こうも浮かれている様子では、本当に鳥頭と言われても仕方がないのではないか。
 船に帰ればおそらくまずはアンジュから説教、その後ジェイドとアッシュ、ティア達からも。ルークの話を聞いたがあの時の男達はやはり碌でもない集団のようで、それに合わせて倍々で説教時間が長引くだろう。
 そして現在の飼育係としては、今からどんなお仕置きをしてやろうかとユーリは歩きながら考え、一先ずはルークが気が付いた後逃げ出さないように強くしっかりと足を抱えた。





























34///天使はいたんだ14

 バンエルティア号に帰れば当然、待っていたのは笑顔のアッシュだった。あのアッシュが、にこにこと笑っている迫力はジェイドのそれよりも恐ろしく、双子であるルークはほぼ泣いている涙目でぺこぺこと許しを乞うていた。
 双子故、本気かどうか見抜けてしまうのだろう。アッシュは笑顔でルークを締め上げ3カウント取り、医務室行きにしてしまった。後ろで説教の順番待ちをしていたアンジュを呆然と、ジェイドは胡散臭い笑顔で笑って指差していたのだからライマの従者……と残念な気持ちとピッタリだな、という気持ちになる。
 仕方がなしにユーリは、明日キャロットケーキをホールで完食させる刑くらいにしてやろうと決めた。周りが聞けば甘すぎると言うかもしれないが、あれだけアッシュとアンジュ、ジェイドの説教の後ならばこんなものだろう。


*****

 あらかたほうぼうからの説教と仕置きが終わって、遂にルークは翼の切除に踏み切る事にした。痛い目を見てやっとこの翼は自分に不利益しかもたらさないと分かったらしい、遅すぎる。その痛い目というのもあの街で襲われかけた危機ではなく、その後の説教からなのだからどうしようもない。
 ユーリは半分安心、半分残念な気持ちであったが総合してまあその方がいいのではないか、と結論付けた。


 ライマ部屋、ジェイドがマッドサイエンティストの鏡のような顔で笑っている。きらんと輝く眼鏡が不気味で、手に持つメスが妖しく光り輝いていた。そしてルークはそれを見て、真っ青に涙目でユーリの背中にガタガタ隠れている。お互いの気持ちは分かるが、話が進まないのでさっさとやってもらいたい。

「勘弁してやれよ、もう十分だろ」
「そうですね、じゃあいきますよ」

 そうあっさり返されて、ユーリは肩がズレそうになる。全くライマは主従共併せて碌なのが居ないな、と思ってしまう。雰囲気作りなのか白衣を着たジェイドはルークの背中に周り、メスで背中の服をざくざく切り始める。
 ルークはぴょええええーっ! と驚きビビリまくり、ユーリの背中に必死にしがみついて離れない。鳴き声も鳥に近付いてしまっているのではないだろうか、今更ながらそんな事に気付く。ユーリは苦しいくらいに力を込めて腹の辺りを締められ、がたぶると震える背中の振動に苦笑した。どうせならば正面で抱き付いてくればいいのに。

「範囲を極小に絞り……アイシクル!」
「ちべた!」

 ルークの背中で晶術が発動し、ピキィンと翼の付け根を凍らせた。思ってもみない冷たさにルークは体を固まらせ、まるで石像になったかのようにピシリと止まる。その間にジェイドはてきぱきと、凍った付け根にメスで切り込みを入れた後、手早い動作で剣を振り下ろしてパキィンと割り離した。

「ぴぎゃあ!」
「いってぇルーク背中噛むな!」
「はい、いいですよ。今処置をしてますから後10秒動かないでください」

 衝撃に驚き、ルークは思わず目の前の背中をがじがじと噛む。ユーリは背中で何が起こっているのか完全に見えず、結構な理不尽を文句一つで我慢した。
 しかしあっさりとジェイドが言うので、首を曲げて振り向けばもう終わったのか切り離された2対の翼をガサガサと袋に入れているのが見えた。床を見ればやっぱり羽根が散らばっているが、血はどこにも落ちていない。切除というのだから、もっとドバーッと真っ赤になるものだと思っていた。ルークもそう予想していたのか、あっさりと終わったものなので目をぱちくりしている。

「……あれ? なんか全然痛くないんだけど。もう終わり? 早くね?」
「おや、痛い方が良かったですか?」
「ぜぜぜぜぜったいいやだ!」
「後は背中に温めたタオルを当てて氷を溶かしてくださいね。溶けたら包帯を巻き直してくださいよ」

 ジェイドはにこりといつも通りの顔で笑い、いつも通り胡散臭い顔だった。こういう人種にはレイヴンで多少慣れているが、ジェイドという人格はまた別の何かを感じさせるには十分だろう。それでもまあ、翼を入れた麻袋を背後に隠しルークの目には止めないよう気遣っている部分もあるのは認める所だ。
 ルークはようやく背中を噛むのを止めてくれたが、両手は未だ離そうとしない。ユーリは仕方なくそのままぐるりと体を回し、向い合ってルークの背中を覗きこんだ。けれどそこはしっかり処置されたのか、大きな湿布をガーゼで覆いテープ止めされていて想像上のどこもグロくない。おそらくこのガーゼの下は凍りついており、切られた箇所は痛々しいのだろうけれど。
 そしてジェイドは麻袋を背後に持ち、部屋を出るのだろうにこやかに告げた。

「ではユーリ、後は頼みますね」
「最初から方法を言ってやれば良かっただろうが……」
「いえまぁ、どちらにせよそろそろ時期でしたからね、丁度良いと言ってしまえば良かったものですから」

 その言い方にユーリは違和感を感じて、眉を潜める。丁度良い機会だった、なんてニュアンス。ではルークに翼が生えるのは必然だったのだろうか。そもそも結局、何故翼が生えたのか聞いていない事に今更気付く。ルークの世話に明け暮れて、すっかり飛ばしていた。これではどちらが鳥頭だろうか。
 そうなると、切り離した翼。一体何に使われるか気になる所だ。あの街でルークを捕らえようとした人間をどうするのか、聞いた時ジェイドはにこやかに放置で構いません、そう言った。けれど薄ら寒いその笑顔の裏では、どんな手段が巡ったのやら……。

「ところでその翼、どうするんだ。まさか本気で出汁にするんじゃないだろうな」
「ははは、それもいいですね。まあ貴重なサンプルとして保存しておきますよ」

 まあ焼いたり捨ててしまうよりかは、余程ジェイドらしい答えだ。ルークは不満そうにしているが、口答えしないので全てジェイドに任せているのだろう。前々からどうも、ルークは思った以上にジェイドへの信頼が厚い気がしている。同国なのだから当然かもしれないが、二人の性格上どこか奇妙に映る信頼関係なのも確かだった。
 ユーリは目を細め、ジェイドに一歩踏み込む。

「そもそもなんで……ルークに翼が生えるのか、オレはまだ聞いてないんだけど?」
「世の中には知らない方が良い事もあります、貴方がそこまで首を突っ込むメリットはどこにも無いと思いますよ?」
「そうかよ、じゃあメリットがあれば思い切り首突っ込んでもいいんだな?」
「さあて、そんな時があればいいですけどね?」

 にやりと胡散臭げに笑い、ジェイドはいつもの様に眼鏡のブリッジを上げた。自信家な態度であるが、彼がすれば妙に様になって迫力を感じさせる。ユーリが黙って睨みつけると、ジェイドはそのまま何も答えず部屋を出て行ってしまった。

 意味有りげな態度、ユーリの感が嫌なものだと告げている。それはおそらく、罠のような何か。人を散々振り回し遊んで、欲求が出てきた所で取り上げてしまうような。全く彼は冷静で計算尽くで、冷酷だ。人の心を弄んでもそれが主人の為ならば構わない、という殊勝な心がけだろうか? 想像して鳥肌が立つ。
 どちらにせよこれ以上ジェイドの口からは出ないだろう、それはまだルークに秘密が残っている事を意味している。となれば、ユーリはまだ手を引くわけにいかない。やられたままコケにされるのも気に食わないし、目の前で餌をぶらつかせさっと下げられては正直苛々する。それにまあ、愛着が湧いたのも立派な事実。

「う〜、ユーリぃ背中冷てぇ!」

 考えていると相当深く潜っていたのか、ルークの情けない声で呼び戻される。腕を思い切りのばして抱き付き、以前と変りなく眉を下げて唸っていた。翼が無くなれば飼育係は解任されたも同然なのだが、培った時間が消えてしまう訳でもない。ルークは警戒なんてやっぱり鳥頭で忘れたような顔で、冷たい冷たいと言っている。
 ユーリはそれに呆れる反面じわじわと込み上げるものを確かに感じ取って、下がっている眉の間にそっと唇を落として慰めてやった。背中の無くなってしまった部分を優しく撫でれば、まだアイシクルの効果が残って冷たい。

 食堂に行ってお湯を分けて貰うかな、決めればユーリの行動は早かった。ルークが離れないのでそのまま連れて、部屋を出る。手を握れば少し頬を赤らめるがやはり離そうとしない、ユーリは頭と背中を撫でてやり手を引いて歩き出した。





























35///ひとつのベッドで二人一緒に寝るユリルク

*久しぶりにこの言葉を使います。深く考えずに書いたのでヤマもオチもありません、何時もの事ですが

 ベッドの毛布に足を入れるとひんやり冷たい温度が全身に渡り、せっかく風呂で暖まった体がぶるりと震える。ルークは正直な感想と我儘を目の前の男へ怒りと共に吐いた。

「おい、俺が寝る前にお前が入って温めとけっての! さみーんだよ!」
「オレは湯たんぽか。はいはい、寝る前に怒るなって」
「う〜足元つんめた! ユーリが電気消せよな」

 不満をぶつくさ言いながら、もぞもぞ体を沈めて丸める。パチッと部屋の明かりが消えたのを合図に、ルークはごろりと横向きに寝転がった。足音無くユーリがベッドまで、そっと入り込めば今度はこちらが不満の声を漏らす。

「なーんでいっつもこっち向かねーんだよルークは」
「お、お前がいっつもこっち向いて寝るからだろ!?」
「いいじゃねーか減るもんでもなし、こっち向けっての」

 その言葉に正直ぎくりとして、けれど暗闇なのだから分かるまいとルークは声を慌てて走らせる。隣に沈む重さに引き摺られ、毛布の中の腰に感触があってどきりと心臓が跳ねた。寝間着を潜り、いたずらをする手がくすぐるように肌を引き摺るので体を捩って抵抗する。

「やめろばか、ドサクサに紛れて変なとこ触るんじゃねーよ!」
「何言ってんだドサクサに紛れるくらいならもっと堂々と触るってんだ。こんな感じにだな……」
「や、やめろばかやろおおおっ! いい加減にしやがれもうユーリは床で寝ろ!」

 臆面もなく胸元まで這う指先にキレて、ルークは自慢の足で隣の不埒者をベッドから容赦なく蹴り落とす。どさりと暗闇の中で響く音は軽く、ユーリは痛くなさそうな声でいってぇなと言うので、次いで枕をぼすんと、叩きつける勢いでぶん投げる。
 そしてぷいっと毛布の中へ逃げ込み、だんまりの引き籠もりだ。ユーリは苦笑しながらベッドの縁でご機嫌を窺ってくるが、無視をして堅牢に黙りこむ。

「おーい、悪かったって」

 しーんと、静まり返る部屋にユーリはぽりぽりと頭を掻く。爆発するのは何時もの事だが、相変わらずどこで吹き零れるのかよく分からない。だがルークと付き合っていく内でこの程度可愛いものだ、ユーリは気分を害する事なく立ち上がり別部屋で寝るか……そう考えた時だった。
 どさりと、人ひとり分の重さが落ちる音、隣に。足元を見れば毛布に包まりバターロールみたいになっている、先端が隠れていない朱毛。もぞもぞほんの少しだけ顔を出し、先程の見事な足技を照れているのか申し訳なく思っているのか小さな声でぶつぶつと。

「だから、さ、……寒いだろうーが、ひとりだとよぉ」
「お前、もうちょっと後先考えた方がいいぞ」
「うるせーうるせー! もう寝る、ユーリも寝ろ!」

 ぐいっと強引な手が足元を引き摺り倒し、ユーリの体を無理矢理床に落とす。ロール生地な毛布がぐわりと襲いかかり、ユーリの懐へぶつかりながら体を押し付けてきたルーク。ふたりの腕は自然勝手にお互い包んでいて、直接な床の冷たさもなんのその。
 ベッドが冷たいだの人を蹴り飛ばしておいて、腕の中でうんともすんとも言わず本気で眠る体勢になっているルークに苦笑する。胸元を温める相手の息を感じながら、ユーリは闇色が乗る朱色の前髪へ頬をすり寄せた。
 もう少ししてルークが完全に眠ったらベッドに運ぼう、それまではこのまま楽しんで、毎朝やっているのだが寝顔鑑賞といくか。そうユーリは何時もの様に慣れた目をぱっちりと、一人上手に楽しんだ。





























36///ひとつのベッドで二人一緒に寝るユリルク・朝

*ヤマもオチもな(ry

 ちゅんちゅんと鳥の声が聞こえる訳もない、防音完備なバンエルティア号の静かな船内。窓からは朝陽が掠れて柔らかに目覚めの刻を知らせてくれる。ルークは物凄く珍しく、こんな早くからぱっちりと丸くなっていく自分の眼球を自覚した。

「……ねてる」

 そう、本当にとってもかなり超絶稀な事に、ユーリよりも先にルークの目が覚めたのだ。毎朝ルークは寝汚なく、起こされるまでいや起こされてもうだうだ気が済むまで毛布の中でぐだつく、それをあやしたり囃したりするのはこの男。
 ユーリは白いシーツにさらりと髪を散らばせて、同じ色の睫毛を静かに曲げている。軽く開いた唇からは静かな吐息、獰猛な獣が安寧に気を休めて眠るような姿が目の前にあった。寝間着の胸元は相変わらず開いており、鎖骨を横断する紫黒が肌色を際立たせている。朝陽の光は神聖に部屋を照らしているのに、中の人間の邪な考えはちっとも押さえつけられなかった。

「ちくしょー、むかつく顔しやがって」

 ルークは暴れる心臓を誤魔化す為に毒づくが、ちっとも効果がないように感じる。流されない強さで自己を確立する瞳が閉じられれば、後はなんとも言えない色気が起きたての血圧を上げようと迫ってきた。上澄みの感情くらいしか表に出さないユーリは眠っている時、本人の意思外で豊かになっているようだ。
 ルークが起き上がろうとすると、ユーリの片腕ががっちり腰に回っている。この野郎寝てる間でも抜け目ねーな、そうムカッとして同時に全く気が付かずぐーすか寝ていた自分にも呆れた。
 ちらりと上目使い、時計を見ようとしても位置的に盤面上半分しか見えないので諦める事にして、ルークはこうなりゃじっくり観察してやるとユーリの寝顔をマジマジと見つめ続ける。普段は恥ずかしくて相手の顔を真正面から見つめるなんて5秒も無理だ、だから初めての機会。
 そう考えると早起きもいいかもしれない、目覚めていく体とテンションにルークはわくわくしてきて、改めてユーリの顔立ちを検閲した。

 黒が主体の瞳は濃い中に紫色が隠れているのを知っている、今それは宝箱の奥に隠されて秘宝の罠として大人しい。案外大きな瞳なのに細めて睨み付ければ野生の凶暴さを思わせた、時々そんな目で見られる事がある。どういうタイミングなのかは最近薄っすら勘付いているがまだ知らないフリをしておきたい。
 すっきり通った鼻筋と、薄い唇、中でちらちら見える赤色。その色合いを見ているとルークは、むずむず体の中で衝動が湧き上がって堪らない、指先で触れたらどうなってしまうのか、自分は爆発してしまう予感がする。
 本当に綺麗だ、ユーリは。いや男相手にそう言っては悪いので、美形だ、と頭の中で訂正してやる。ユーリの身長が180センチで良かったな、これでもう少し低ければ今よりも女に間違われていただろうなんて考えた、この前街で声を掛けられたのもそういえば男だった記憶が。ユーリは手慣れて物騒な顔をしたので、相手はさっさと逃げたのを思い出す。

「色気が悪いんだと思うんだよな、ユーリは」

 例えば、長髪を伸ばしっぱなしにするから後ろ姿を間違われる。前にひとつくくりにして騎士服を着ていた時の事を思い出し、ルークは自分の血圧を上げた後やっぱ無し、と却下した。それか胸元を開けっ放しにしているから無駄にフェロモンを放出しているのである、もっとかっちり閉めておくべきだ。けれどそう言えば以前どこかの学生服を着ていた時、クロエに咎められシャツのボタンを渋々その場限りで止めた窮屈そうな姿。あれは逆に禁欲的な感じがして、ルークの命令で即行外させた。
 ネクタイ締めてくれるか? と意地悪な瞳で笑っていた表情が再生されて、急遽居ても立ってもいられない。わたわたと自分の中の昂ぶりを掻き消すように、絡まる腕を振り解こうとするが不思議な程に離れなかった。
 おかしいな……そう思いながら腰の手を掴めば、その手がぐいっと抱き締めてきて、ユーリの懐に閉じ込められてしまう。ひゅっと息を吐き、目の前の男と同じ周囲の空気を吸った。それから耳の直ぐ傍で、起きたての掠れた低い声が悪戯を喜ぶ温度で囁く。

「なーに人の事じろじろ見てんだよ、ルーク」
「ひ! お、おま……起きてっ!?」
「あんだけ熱烈に見つめられちゃ、おちおち寝てらんねーだろ」
「ねつ、熱烈とか……そ、そそそそんな訳ないっての!」
「正直者だな相変わらず。朝から発情して、やーらし」
「……っ!!!! なっ、や、うっ……!?」

 とんでもない容疑をかけられ、けれどそれが事実なのでルークは言い訳出来ない。パクパクと口を動かすが引っ込んで出てこない声、それをニヤついた顔で見るユーリ。せっかく先に目覚めたのに、誰だ早起きは三文の得と言った奴はむしろ損してるじゃねーか! と責任の所在を遠いどこかに丸投げしたいが、ユーリの寝顔を見れたのがとんでもない得なのは事実な訳で……。
 にっちもさっちもいかない、ここまで追い詰められればルークが取れる手段は決っている。絡み付いて離そうとしないユーリの腕から、上がる自分の体温まで。まだ無防備な相手の表情がとろりと溶ける口元を目に入れて、ルークは深呼吸をした。いち、にの、さん……心の中で数えれば後は、誤魔化すように爆発させるだけである。








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