楽園ベイベー








 コン、コン、コン、コン――。ブーツの先が床を一定のリズムで叩く。その音に向かいのジュディスはクスリと笑い、隣のフレンは溜息。つい5分前、行儀が悪いと嗜められたのをもう忘れている。だが最近毎日こんな調子で、大概重症だった。もう今更仕方がないんじゃないかしら? そうジュディスがフレンに目で言うが、放置する訳にもいかない。
 再度注意しようと肩を叩くが、反応は返って来なかった。どうにも視線の先に夢中のようで、些細事まで気が回らないらしい。今度は少し強く、手甲の角を当てるようにガッと殴った。

「いてっ。何すんだよフレン、痛ェだろ」
「ユーリ、何度も言ってるだろう。その不躾な視線をやめないか」
「はぁ? 誰が誰を見てるって?」
「この調子だもの、言うだけ無駄じゃないかしら」

 やれやれ、とわざとらし気なポーズで肩を竦める。何だよ、と当人の視線が言いたげに流れてきたが、二人は言葉にはせず目で会話した。
 ようやっと自分は仲間外れにされているらしい、とユーリは理解したが、それも今更だった。食堂のテーブル、空になった目の前のデザート皿を正面に、肩肘突いて視線を飛ばす。何度見ても無意識気になる、彼の周りを。そうやってまた見ているユーリに、フレンは額に手を当てジュディスはコロコロと笑った。

「だからー、海だよ海! いいじゃん行こうぜ!」
「海かぁ、そう言えばルークは海入った事ないんだっけな」
「プールでいいじゃない、あまり外に出るのはどうかと思うわ」

 食堂のテーブル一角で、わいわいと騒がしい。その中心は相変わらず人騒がせなライマの王子様で、それを嗜める従者二人、いつもの様子だった。それが今日は少しばかり風向きが違うようで、よく通る声と一緒に静かな味方が居る。

「海ですか……。遠目で見る事はあっても実際入った事無いです」
「だろ、だろ? バンエルティア号はずっと海の上走ってるってのに、実際入った事無いなんて勿体無いじゃねーか!」
「修行の旅でも結局海辺には行かなかったもんなぁ」
「駄目よ、今世界が大変だっていうこんな時に……」

 言い出しっぺのルークと、目をキラキラさせ始めたディセンダー。ガイは否定しないが肯定もせず頷いて、ティアにギロリと睨まれている。

「毎日毎日、触手やら鉱石やら葉っぱやら集めて、ディセンダーもちょっとは休暇ってもんが必要だって! また前みたいに倒れても良くないだろ」
「ありがとうルーク、心配してくれて」
「ちちちちげぇよ! 俺はただ海に……。あー、いやそうだな、お前ちょっと働き過ぎだから休めって言ってるんだ」
「誤魔化すならちゃんと最後まで誤魔化せよ……」

 自分に正直な欲望に、ディセンダーという味方を付けてルークは行く気満々のようだ。ディセンダーが毎日働きっぱなしというのはギルド全員が知る所である訳で、ルークの言い方はともかく海に行く、という提案自体は見通しが明るそうな話。このまま食堂で話していれば自然人が集まって、おそらく数日で話が纏まるだろう。子供が多いこのギルドで、楽しそうな案ならば広がるのも早い。特にディセンダーが言っているとなれば、大人達もそれに合わせてくれるだろう。
 わいわいと、主にルークが楽しそうに話している。食事も終わって身振り手振り、何とかティアを説得しようとしているようだ。その隣のガイが軽く椅子を退き、背中で広がっているルークの朱金を纏めて三つ編みにしている。手際良く編まれていき、ふんわりと仕上げた。途中を白いリボンで留め、天辺のハネを手櫛で落ち着けていく。その様子をティアがそわそわとしながら見て、少し頬が赤く染まっている。

「この後クレス達と火山に行くんだろ? 髪邪魔にならないようにしといたからな、ちゃんと水筒忘れずに持っていけよ」
「へーきへーき、あんなトコ楽勝だって」

 そうルークは大口を叩いて、ガイは苦笑しながらそれを聞いていた。グミはボトルはハンカチは? まるで母親のような姿に、それを外から見ている人間の笑みを誘う。もう少しすればルークが爆発するか、聞き飽きたと言って逃げ出すかのどちらかだ。
 海へ行く話も、ディセンダーが話を通すという形で纏まったようだ。珍しく希望が通ったので、ルークの機嫌は目に見えて良くなる。ウキウキと笑顔を大放出して、ティアの許可ももぎ取っていく。

 立ち上がり、ぞろぞろと食堂を出て行くルーク達。足取りの軽さで相当浮かれている姿が知れ、なんだか微笑ましかった。そうフレンは思ったのだが、隣は違ったらしい。
 カツカツコンコンカツカツ――。今度は手の先で机を神経質そうに叩いているユーリ、足先と合わせて謎のリズムがうっとおしい。その表情はどこか苛ついていて、瞳を半眼に去っていった扉を未だ見つめている。

 フレンはユーリが苛ついている原因が、恐らくルークなのだろうと予想していた。元々あの二人は反りが合わないらしく、顔を合わせては言い合いに発展している。だがフレンから見てルークは、ユーリが嫌う貴族像に当て嵌まっているように思えない。
 むしろその逆で、世話好きなユーリが程よく手間面倒をかけれそうな人物だと見ている。そしてその読みはバッチリ当たっていたようで、流石親友と言った所か。ぽつりと漏らすユーリは、心底正直な言葉のようだ。

「あー、食事と着替えと戦闘と風呂と散歩の世話してぇ」
「ユーリは介護でもしたいのかしら?」
「ラピードも一緒に連れてくれば良かったのに、彼なら付き合ってくれるよ」
「ラピードが居たらむしろオレが世話されちまいそうだ。もっとこう……面倒臭そうな事をチマチマしたいんだよ」
「じゃあインゲン豆のヒゲ取り、お手伝いしてくださいね。ユーリさん!」
「げっ……」

 リリスがニコニコと、大きなカゴに山盛りのインゲン豆を目の前にドンと置く。得も言えぬ迫力の笑顔で、お玉を握り締めている。ユーリの無作法を地味に怒っているようだ。フレンとジュディスは立ち上がり、そそくさと逃げ出す。おい待てよ! と慌てたユーリの声が追いかけるが、無視した。
 食堂を出た先で、困った顔のフレンが心配そう溜息を。ここ最近、別の意味でよく吐く気がしている。

「彼、そんなに世話好きだったかしら? ガルバンゾのギルドではむしろ逆だったのに」
「下町に居た頃は、周りに手を貸すのが当たり前だったからね。ここのギルドはみんな自分でやるし、みんな力を貸し合うから物足りないんだと思うよ」
「意外ね、そんなに奉仕心があるとは思えなかったけど」
「僕もちょっと不思議に思ってはいるんだけど……。どちらにしろルーク様の周りにはガイ達が居る以上、ユーリが手を出す隙は無いだろうね」
「家庭菜園でもさせたらどうかしら、家畜も連れてきて」
「それは流石に、止めてやってくれないか……」

 イキイキと野菜を収穫する親友の姿が容易に浮かんで、フレンの肩は沈む。”世話し足りない”という謎のストレスをどうやって解消させようか、親友というよりそれこそユーリの世話係のような思考に、フレン自身は気付いていない。




*****

 ディセンダーが進めている事もあり、あれよあれよ海へ行く話は纏まっていった。大変な時だからこそ、体を休めてリフレッシュさせよう! という理屈で大人達を説得し、アンジュにスケジュールを立ててもらっている。しかし総勢80人越えが一気に出る訳にも行かず、交代制となった。依頼の予定と合わせながら、仲のいいメンバー同士で固まったりと子供達は楽しそうだ。バンエルティア号の機動力を利用して、天気の良い海岸を選んで少しばかりのバカンスとなった。


 水着にパーカーを羽織って、言い出しっぺのルークが砂浜に一番乗りしたがその表情はあまり浮かない。追いついたマオやカイウス達がわーっと後ろから走ってきて、ざぶざぶと海に飛び込む。暑いくらいの天気に、青い海が陽を反射して眩しい。文句の付けようがない状態だが、ルークには不満が山盛りのようだ。
 何故ならその隣には、クレスやロイド達、果てはガイ達ライマの人間も居ない。80人分のスケジュールを擦り合わせた結果、不幸にもルークと仲の良い人間の殆どが合わなかったのだ。俺が発案者なんだから、俺が一番最初に行く! と言い出した自分をルークは呪った。
 出る最後まで、ガイ達が心配そうにしていた姿を思い浮かべる。一緒に来ればいいとゴネたが、アンジュが許さなかった。そんな風に行きたい人が勝手に行ったら、ギルドが空っぽになってしまうと叱られたのだ。恐らく言うだけ言って、スケジュールの細々した所を全て放り投げて任せたのを怒っているのだろう。ルークはあの時のアンジュの怒り笑顔を思い出し、暑い気温なのにブルリと震えた。

 そんなルークを後ろからユーリが見ている。パラソルを片手に、よし、と何やら気合を入れているのを、もっと後方からフレンが可哀想なものを見る目で見ていた。
 パラソルを開いて影を作り、ルークの近くに立てる。影に気が付いたルークが、三つ編みを揺らして振り向いた。少し元気が無い瞳に、ユーリは雨の日に下町の子供が拾ってきた子犬を思い出す。

「その内また海行く機会あんだろ、あいつらとはその時行けって」
「……別に。俺は海見れたからそれでいいし」
「んじゃ目一杯遊べばいいじゃねーか、帰ったらあいつらに思い切り自慢してやれ」
「そだな。……海、せっかく来たんだもんな」

 へへ、と笑う表情に、子犬の里親をなんとか探して貰われていったのをまた思い出した。貰われる少しの間ユーリと、主にラピードが世話したのを懐かしむ。

「よし! じゃー遊ぶぞー!」
「その前に準備運動忘れんなよ。日焼け止めは? 焼くにしても一気に焼くと痛いぞ」
「大丈夫だって、出る前にガイに散々塗りたくられたからな!」
「……そうか、でも準備運動はちゃんとやれよ」
「それも船ん中で散々した! 行ってくる!」

 一転元気が出たルークは飛び出し、水辺ではしゃぐカイウス達に混ざって行った。普段だるいうざいだの、色々不満を言っている口も忘れて楽しそうにしている。その姿にフレンは微笑み、ユーリは舌打ちした。

「ユーリ、君ね……」

 ちゃんと聞こえていたフレンは、溜息と共に眉を怒らせる。もっとつまらなさそうにしているユーリは、八つ当たりとばかりに日焼け止めのボトルの蓋を開け、フレンに向かってぴゅーと放出した。

「うわっ何するんだよユーリ!」
「男に白濁液かかってもつまんねーな」
「何馬鹿な事言ってるんだ君は……」

 女性にやったらセクハラだよ、と真っ当な注意をフレンはするが、ユーリは聞く耳を持たない。仕方なしにフレンは、頭からかかった日焼け止めをペタペタと伸ばし始める。
 そこに水浸しにしたパーカーを持ったルークが戻ってきて、笑いながらその日焼け止め伸ばしに参加し出した。

「何やってんだよフレン! 塗るの下手くそすぎんだろー、俺が塗ってやるって!」
「わ、ルーク様! そんな滅相もない!」
「いいから黙ってろって!」

 突如隣で始まった、フレンとルークの遊び合い。独りぽつんと取り残されたユーリは、キャッキャウフフと幻聴まで聞こえ出す。心の中が空っぽになったユーリは、手に持った日焼け止めのボトルを力いっぱい握りしめ、ドババッと己にかけた。使いきった液が黒髪にだらだらと流れ、白色をまだらに地面へ落とす。よし、ルークオレも塗り伸ばしてくれと口にする直前、がしりと肩を掴まれる。なんだと振り向けばナナリーが迫力の顔で怒っていた。

「何勿体ないことしてんのさ、一人で全部使うやつがあるかい!」
「……悪ぃ」

 フレンに対するように無視する訳にもいかず、ユーリは素直に謝った。浜辺でガミガミと叱られ、それが終わって朱色を探すとフレンを連れて波打ち際で水の掛け合いをしている。……ちくしょう、そう勝手に口がついて出た。


 少しの隙を縫って、ユーリはざぶざぶと足で海水と戯れているルークに声をかけた。フレンは飲み物を買いに離れていて、周りに誰も居ない。丁度いいチャンスだった。
 あんなに楽しみにしていた海だというのに、ルークは水際をうろつくだけに終わっている。他の子供達は泳ぎの競争をやっていたり、浮き輪で優雅に海面を揺蕩っているというのに。だがその理由、ユーリは思い当たっている。

「どーしたんだよ、泳がないのか」
「お、俺泳げねーし……」

 生まれ育った地域に海が無くとも、泉か何かあれば全く経験しない事も無いだろう。だがそのあたりは地域差と言ってしまえばそれまでで、ルミナシアではそう珍しい事でも無い。アドリビトムの人間でも半々と言った所で、ルークの他にも波際だけに留まっているメンバーはちらほら見えた。
 ユーリ自身ガルバンゾは陸地に囲まれていたが、騎士団の訓練の時に習っていたので泳げる。今日ばかりはそれを感謝して、じゃあ教えてやろうか……そう口を開いた瞬間だった。セネルが後ろからひょい、と現れ事も無げに言う。

「ルーク、ジェイドから頼まれてるから泳ぎを教えてやるよ」
「マジでかー、セネルなら安心だな! んじゃ行ってくるな!」
「……おう、頑張ってこい」


 じりじりと焼ける砂浜、熱はビニールシートやパラソルの日陰もなんのそのと通り越してくる。ユーリは一人、あまりの暑さにアイスの棒を咥えてぼーっとそこに座っていた。視線の先ではセネルがルークに泳ぎを教えている姿。元々運動神経は悪くないし、水に恐怖感も無い。ルークが泳げるようになるのもすぐだろう。
 一体自分は何をしているのか、自問自答を今更に。悩みながら、手が勝手に動いて空中で編んでいる。ルークの三つ編みが濡れて解けそうになっているのを直したい、あと日焼け止めも塗り直したい。ついでに言うとずっと遊んでいるので水分と休憩も取らせたい。小さな子供の親か、と聞かれていれば入りそうなツッコミも今は入らなかった。

「そんなに気になるなら、もういっそ行ってくればいいじゃないか」
「フレン……」

 普段はむしろ引き止めるフレンが、見かねてそう声をかけてくる。隣に座り、爽やかな笑顔で背中を押した。

「喧嘩さえしなければ僕だって止めたりしないよ。ルーク様自身、君と話す事自体は結構楽しそうにしてらっしゃるし」
「……そう見えるか」
「でもルーク様は犬猫じゃないんだから、……あんまり出過ぎた真似しないようにね」
「なんかこうあいつって、血統書付きのノラっぽいんだよなぁ……。躾けたらちゃんとお手しそうだろ」
「そういうのを気を付けろと言ってるんだよ僕は!」

 フレンは怒って叱りつけるが、ユーリは全く聞いていない。セネルの手から離れて泳げるようになっているルークを、構いたくて構いたくて仕方がないのかウズウズしているようだ。
 初めて自力で泳いではしゃいでいる、周りの人間も良かったねと嬉しそうに騒ぐ声が砂浜まで届いていた。じっとその様子を見ているユーリに、突然ルークが振り向いて大きく手を振ってくる。ばしゃばしゃと跳ねる三つ編みと海水も気にせずするので、周りの人間も気が付いて同じ様に手を振り出した。

「ったく、あんな調子じゃ日焼け止めだって落ちてるだろうし、熱中症になっちまうじゃねーか。お坊ちゃんは仕方がないな!」
「嬉しそうな顔と声で、そういう事言うの止めてくれるかい」

 フレンの言う通り嬉しそうに、ウキウキとボトルと帽子とジュースを手に立ち上がるユーリ。もう何も言うまい、そう諦めたフレンはそっと顔を逸らす。
 少し休憩するつもりなのか、海から上がるルークを迎えようと両手いっぱい荷物を抱えたユーリ……を邪魔する影が、突然横入りしてきた。
 深紅の長髪に露出度の一切無い教団服のまま、アッシュが砂煙を上げてどこからともなくやって来る。その両手には、ユーリと負けず劣らずやたらと荷物が。

「この屑があああっ!! 紫外線をなめてんじゃねーぞ、帽子もしっかり被りやがれ! 夏の日差しの下で水分補給を怠ってるんじゃねぇカスが、汗でどんどん体から抜けてんだぞ! 体内に熱が溜まるから首に濡れタオルを巻け、髪も解けてやがるじゃねーかみっともない姿晒すな!!」
「アッシュお前、海なのに暑っ苦しい格好してんなよ……」
「いいか、一応とは言えお前はライマの第一王位継承者なんだから外で無様な事するんじゃねえぞ分かったな屑が!」

 ルークの乱れた三つ編みを編み直し帽子を被せ濡れタオルを首に巻きつけジュースを口に突っ込んで日焼け止めをブバッとかける。高速でそんな仕事を果たし、そしてあっというアッシュは去っていった。近くに居たセネルやマオ達は呆然と後ろ姿を見送る。
 だがルークはストローをちぅちぅ吸って、うんざりとした顔で何時も通りな風に不満をこぼした。

「なんだあいつウゼー」
「出る時は何も言ってなかったのに、結局心配で来たのかあいつ……」

 ほんの数歩間に合わなかったユーリの手からは、ドサドサと荷物が落ちる。そして完璧にする事の残っていない仕事に感心すると同時、いちいちこんな所まで来てんじゃねーぞ! と去っていったアッシュに勝手な怒りを飛ばした。






 夕暮れ時、最後の締めは浜辺でバーベキューとなっている。誰が言い出したのかは知らないが、海で遊んだ後は花火かバーベキューと相場が決まっているだとかなんとか。ルミナシアでは火薬は戦争で使われる為、花火は存外貴重品なのだ。肉と野菜を各自の財布から持ち寄り、かなりの豪華な夕食となっている。
 肉ばかり食べる子供を叱る大人と、それにも負けずやっぱり肉ばかり食べている面々の騒がしい声。ギルド内という区分け以上に、親交を深める事と骨休めは成功しているようだ。

 だがそんな楽しげな空気を、遠目で見ている人間が一人。暗闇に紛れて、髪も服も黒色のユーリ。酒を片手に一人、食事を楽しむ皆を離れて見下ろしていた。自前で用意したパフェを肴に、チビチビやっている。フレンがユーリを探している姿が見えたが、周りから皿に肉を山盛り乗せられて逃げ出せそうにない。
 はぁ、と溜息。さざ波の音と騒がしい歓声に紛れても、自分が出した音は誤魔化されてくれかった。落ち込んでいるつもりは無いが、何となく気が乗らない、そんな気分。せっかくの海で、水着で、休暇で、肉。並べ立てればそんな要素はどこにも無いはずなのに、どうにも気分は黄昏れる。大人しく船に居れば良かったか、そんな思考まで登り始めてしまう。
 だが、そんなユーリの視界に朱色が揺れた。夜の世界に灯りは星々しかないと言うのに、キラキラと輝いて見える。

「一人で何やってんだよ、じじくせー」
「……ルーク」

 そんな暴言も、幼い表情で言われれば怒る気も失せた。手に持った皿には肉と野菜が丁度半分ずつ、キノコとニンジンはちゃっかり入っていない。隣にやってきて座り、もぐもぐ食べている。時折思い出したように、ほれ食え、と野菜を差し出してきた。一応肉もやってくるが、どれも焦げているような味がするのは気のせいだろうか。
 けれどそんな全てがルークらしい、とユーリは苦笑しながらも大人しく食べる。全て食べ終えて一段落、遠くの皆のバーベキューはまだ続いているようだ。今日の日程にクレスやロイド、ガイ達が居ればルークはユーリを追いかけて来なかっただろう。不遜な態度ではあるが、気を許している人間関係は大事にしているようだ。

 自分はどうなのだろうか、ふとユーリは考える。仲が良いとまでは言えないが、嫌い合っている訳でもない。エステルの繋がりで同じ依頼を受けた事だってあるし、タイミングが合えば食事も一緒にする。
 最近下町を思い出して、誰かの世話を焼きたい欲求が高まっているのをユーリは自覚していた。それを解消するのに、ワガママいっぱいの王家のお坊ちゃまは丁度良い、なんて思っていた程度……と自己分析するが、それが当たっている気がしない。本当に世話を焼きたいならばそれこそ依頼を見繕えばいい事で、いっそガルバンゾの下町に一度様子を見に帰る事だって本当は出来る。それをしないのは何故なのか。
 まだ出したくない正解の尻尾を掴んだとたん、隣からよく通る、落ち着いた静かな声が。

「今日、楽しかった。ガイ達は残念だったけど、みんなで来れたし、泳げるようになったし……」
「……そりゃ良かった」

 本当に楽しそうに、17歳と言うには幾分幼く見える笑顔は警戒心の欠片も無い、信頼を滲ませた表情。それが自分に向けられているという事実に、ユーリは背中がむずむずしだす。
 今日一日を振り返って、セネルがカイウス達が……話すルークを見ているだけでなんだか満腹になっていく。ガイはいつもこんな気持ちなのだろうか、と羨ましくもありよく耐えられるなと感心したり。あまり喋らないユーリの内心、忙しかった。
 自分一人に大盤振る舞いのオンステージ、主役の身振り手振りが収まって少し。夜の中でもほんのり見える頬が、赤みさす。どうした、ユーリが聞けば返ってくる小さな声。

「色々楽しかったけど、その……。お前と一緒に来れて良かった」

 その言葉を耳に入れて、ユーリは静かに目を見開く。瞳孔から光の情報が多量に入ってきて、正面のルークしか目に入らなくなった。上着の白襟が夜色と朱色以上に反射して照らし出す、視覚から情報を拾っているのに温度を感じる。
 ユーリの手は無意識に動いて上がり、地面に突いているルークの手へと乗った。とたんビクリと肩を跳ね上げ、でも振り払わない。そんな事実に、ユーリはドクドクと自分の鼓動が五月蝿いな、と思った。








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