ディセンダーのルークを分け合おう☆大作戦








天変地異編
 ガキン、バキンディセンダーが帰還してからのルミナシアは平和だった、天使やサレの暗躍はあったドカン、グシャがそれも問題無く解決している。ギルドリーダーとしてキラッ! ドゴォンよりアドリビトムの名声と世界平和に力を注ぐ聖女アンジュはカカカッ、キィン、この平和が何時までも続くならばどんな苦労もカァンカァンカァン! ザシュッ!……厭わない覚悟である。

「貴方達いい加減にしなさいっ!!」

 エントランスのホールで魔法と衝撃波が飛び交う最中、ギルドを預かる責任者としてアンジュは切れた。魔法の煙が収まると、所々焼け焦げた二人が姿を現す。ユーリ・ローウェルとディセンダー・ミアリヒが斧と剣を交わし戦っている。

「らァ! 蒼波ッ!」
「エアプレッシャー!」

 魔法剣士のミアリヒが瞬息で中級晶術を発動させて足止めし、マジックガードを展開している隙に瞬迅剣で駆け込む。しかしユーリもそれに承知していた、瞬迅剣の1hit目だけをわざと受け、至近距離から戦迅狼破を叩き込んで吹っ飛ばす。

「くっ!」
「そんな簡単に土付けられると思う、なよっ!」

 二人距離を取り直し、武器を振りかぶったその瞬間だった。

「天へと還る翼を貴方に……鳳翼熾天翔!」
「私還ってきたばっかりなのに!」

 船内でアンジュの力が発動して、二人を丸ごと畳む。魔法剣士のディセンダーはともかく、魔法防御が戦士特有に低いユーリはその一撃で沈んだ。

 ライフボトルで無理矢理起こした後、正座を強制しアンジュの有難い説法の開始である。人はこれを”合法的な拷問”と称した。ガミガミと暫く止みそうに無いお説教はここ最近のお決まり、ある種の名物と化している。何故かユーリとディセンダーはよくよくこのエントランスで戦う、結果が見えているのに二人示し合わすように毎回同じ事を繰り返すのだ。
 理由としては、ミアリヒがルークをクエストに誘おうと部屋に行こうとする。そしてユーリも毎日ルークの部屋まで迎えに行く、その時間が毎回何故か合うのである。成年を越えたユーリが大人気無いと言われるが、ディセンダー側からして見敵必殺なので話し合いの余地が無かった。
 二人共妙に戦闘狂な所が似ていて、顔を付き合わせれば一触即発通り越して戦闘だ。お陰で船内の無意味な喧嘩が減っている、人の振り見て我が振り直せ。一部似たような戦闘狂が羨ましそうにしていたりもするが、アンジュのお説教が結末と見えて参加する人間は今の所居ない。これと同時にチャットからも盛大なクレームがきている、持ち主としては当然だろう。ミアリヒはお詫びとしてかなりの金額をギルドに上納し、ユーリは自らのスイーツ作りの腕を奮わせていた。

 手段と目的の比率が反転してきている最近にルークは、見かけたら止めに入るがその手段が乱雑になっている。秘奥義を遠慮無くブチかましたり、範囲魔法を放ってもらったりと。二人が取り合っている相手のものぐさな質を、二人はそろそろ思い出した方がいい。

 これ程周りから言われているにも関わらず、全くもって改善の様子が欠片も見られない二人。ある意味切磋琢磨していて、二人の戦闘技術とレベルは飛び抜けて上がっているのがまた問題だった。行き過ぎるともう船内で止められる人間が居なくなるのはおろか、遂にハロルドによる性格矯正という名の人格強制が発動するのも時間の問題だろう。
 しかしそれが分かっても体が勝手に動くのだ、とはミアリヒの弁。どうにもユーリを視界に入れると抹消したくて堪らなくなるらしい、いい迷惑だ。世界を救ったディセンダーの、個人感情が前に出過ぎている行動も世界樹には織り込み済みなのだろうか。



「ユーリ、私考えたんです。一つのものを二人で取り合うから、争いが起こる。こういう時は譲りあうんです、謙虚の心ですよ」

 本格的に足が壊滅してきたユーリに、突如ミアリヒからこんな言葉が。説法に熱が入っているアンジュには聞こえないようにボソボソと、実際は同じように痺れが足から全身に回ってきてシビシビさせて声も出ないだけだが。しかしユーリの返事は断固してノーだ、謙虚という名の強制選択肢を押し付けられて受ける程馬鹿ではない。嫌そうな顔で言葉を返せば、相手はいい感じに悟ったような笑顔でシニカルに口角を上げた。

「オレは絶対譲らねーからな」
「私もです、だから増やしましょうルークを。……って事でいち抜ーけたっ!!」
「あ、お前……ずるいぞ!」

 突然オーバリミッツを発動させて体の痺れを取り、低空姿勢からのクラウチングスタートでその場を駆け去るミアリヒ。呆気に取られるアンジュに、チャンスとばかりにユーリも続けてリミッツ発動で走り去った。

「ちょ、こら二人共ーーっ!? もう、許さないからねっ!!」

 バンエルティア号全体に響き渡りそうな怒号を上げて、アンジュの敗北が知れ渡る。しかしこれは後日倍々となって二人に振りかかるまでがセットだと、読めない船員は居なかった。

*****

 ダッシュでミアリヒが訪れた部屋は、エントランスホールのすぐ隣、科学部屋。勢いをそのままに、マッドでミラクリストなサイエンスファンタジーの権化に願う。

「ハロルド、ルークを増やしてください!」
「人間は分裂しないから無理ね。記憶も命も無い肉人形ならつくれるけど?」
「お前よりにもよってハロルドに頼むなよ!」

 次いでやってきたユーリがごく当然のように言う。頼れる時は最高に頼れるがそれ以外は精神的負担の比率が多い、ハロルドに対しての共通認識だった。しかしミアリヒは何時も大して動かない表情筋をキリリと上げて、ごく真面目に言う。

「でも狂気的であればある程、ハロルドなら出来ちゃいそうですので」
「……否定は出来ないな」

 奇妙な同意を互いに走らせるが、ハロルドは興味無さ気だ。今研究している案件に忙しいのか、私欲にまみれた願いを見抜いているのか、机の資料から顔すら上げてくれない。サラサラと何かを書き込みながら、つまらなさそうに答える。

「生体クローンの論文なら確かジェイドが出してたわよ、聞いてみれば」
「なんと! やっぱりあの人そっち方面のマッドでしたか、私の目に狂いなし!」
「お前の目しょっちゅう変わってんだろ」

 ユーリのツッコミを無視して、すぐさま部屋を出るミアリヒの姿はもう無い。あのアグレッシブさは確かに世界の危機を救った立役者ではあるが、ただの人間にあのテンションは正直辛いものがある。一応絡まれているだけのユーリは、自分の放っておけない病を棚に上げて渋々後を追った。





「って事でルーク増やしてください!」
「何を言ってるのか意味が分かりませんので、一昨日またいらしてくれますか」
「二度と来るなだなんて冷たくありません? もうちょっと相手してくれてもいいんじゃありませんか」
「貴方達の愚痴を毎日アッシュから聞いている身としては、これ以上はご勘弁願いたいものですねー」

 はははーと明るく言っているが、眼鏡がキラリと光って若干本気に聞こえる。ジェイド相手に負けずに付き合える人間は多くないが、ミアリヒはその数少ない一人だった。馬の耳に念仏という意味合いでだが。煙に巻けない相手はジェイド本人も調子が狂うのか、気まぐれで付き合う時もある。しかし今回は些かうんざりといった様子で、押しても引いてもそう変わりそうにない。
 そこに追いついたユーリが呆れ気味で諭すが、ミアリヒの気力は萎える事を知らないと言わんばかりに燃え上がる。

「あんま無茶な事言ってんなよお前は」
「クッ! 私は……私は諦めませんから!!」
「こういう時はディセンダーの性質は厄介ですねぇ」

 大人しく世界だけ救っていればいいものを、とサラッと毒を吐くジェイド。ユーリもいい加減、ルークとただ普通にクエストにも買い物にも行けない現状に辟易している。しかしこの爆弾を放っておけば自分にとんでもない火の粉がかかるのも目に見えていた、影でコソコソと暗躍せず真正面からぶつかってくるだけマシかと考えてしまう辺り、大分毒されていた。

 闘志を燃やしているディセンダーはどう動くのか予想も付かない、暫く警戒令が敷かれたが、それを大人しく聞いているのはごく一部。どうせまた被害はユーリだけだろうと、バンエルティア号の皆は慣れた手合いだった。

*****

 何かやるぞ何かやるぞと警戒しつつ1週間、結局何も起こらない。警戒疲れに食堂へ甘い物を補給しようと廊下に出たユーリに、ばちりと視界に入るとんでもないもの。

「なっ……!?」

 ミアリヒと、髪をバッサリ短髪に切ったルークが居た。何時もの白い上着に、黒いズボン。特徴的なグラデーションかかる朱色が短さによって無くなり、襟足だけがぴょこんと立っている。緑碧の色合いはそのままだが、パッチリと開いた瞳が丸くどこか幼い雰囲気。

「お前ついに禁忌の領域に……!」
「私専用ルークです、いいでしょう。あげませんよ!」
「おお、本当にユーリだ。マジで同じなんだな」

 三者三様の言葉、特に微妙に違うルークの言葉にユーリの眉根は寄った。どことなく堂々としているような、上手く言葉に出来ないズレを感じさせる。短髪のルークはユーリに近付き、珍しそうにキョロキョロと全体を伺う。まるで初対面のような行動、例え初対面だとしても普段のルークはいきなり自分から動かない。
 ユーリは不審な瞳を隠さずミアリヒに向けて、口には出さず責めた。それに対してミアリヒも、分かっているのか目を逸らしてボソボソと言い訳する。

「……イアハートにお願いして、グラニデのルークを呼んできてもらったんです」
「そんなこったろうと思ったぜ……」
「しかしルークはルークです、なんか王族のオーラ溢れてたりしますけど!」
「お前それこっちのルークにはオーラが無いって言ってるように聞こえるから止めとけ」
「こっちの俺も王族なのか? ってかガイとか師匠も居るんだよな、会ってみたいんだけど」

 ズカズカと一人歩き出すやたら行動的なルークに、二人は慌てて追いかける。何時もは引っ張り回す側が、今日ばかりは反対になっていた。





「……あ」
「……うえぇっ! お、俺……?」

 扉を抜けたエントランスで、バッタリとルミナシアのルークと相対する。なんというタイミング、ミアリヒは動機が動機なので、直ぐ様その場を逃げようとした。しかしそれを見越していたユーリが、襟を掴んで離さない。

 驚きを隠せないルミナシアのルークに、物珍しそうに喜ぶグラニデのルーク。対照的な二人の様子に、やはり環境で性格が違っているのかとユーリは思う。別の世界の同じ人間とはパラレルも大概だが、バンエルティア号には既にカノンノが3人居るのだからそう大したことは無い。
 自己紹介を済ませて少し警戒を解くもまだ引き気味のルークに、こっちはどうなっているのかと懐き気味に質問するルーク。不思議な光景だ、しかしこれはこれで良いかもしれない。ユーリは棚からぼた餅的な考えで、自分の好きな人間で視界が埋まる眼福に感謝した。

「遊説の旅って、すげぇなお前……」
「そうかぁ? やってる事は結局誰かの言い成りって感じがしなくもないんだけどな、まぁ俺が動く事で上手く運ぶならやるかって程度だし」
「そっか、国の仕事は大体アッシュがやっちまうから、俺から動く事ってあんました事無いんだよな」
「アッシュ? やっぱこっちにもアッシュ居るのか! なあアッシュとの仲ってどうだ? 俺アッシュとずっと離れ離れで、最近初めて会ったからギクシャクしててさ」
「俺も別に仲良くはねーけど、離れ離れってなんでだよ? 双子じゃねーの?」
「なんか色々あってよー、まぁ今は一緒に居るんだけど。けどやっぱどっかぎこちないっつーか、会話が続かないんだよな」
「……俺も別にそんな会話しねーし……」
「なんでだよ、こっちのアッシュは生まれた時から一緒なんだろ?」
「んーまぁこっちも色々あるっつーか」
「別の世界でもお互い大変なのは変わらないって事か」
「だな。それよりそっちの国の話とかもっと聞きてーんだけど……」
「ああ、いいぜ。俺もこっちがどうなってんのか聞きたい」
「んじゃ部屋来るか? ガイも師匠も居ると思う」
「マジで! 行く行く!」

 流石同じ人間同士、あのルークを怒らせる事も照れさせる事も無く、するすると会話している。むしろ盛り上がっている、下手するとユーリと会話する時よりも。どことなく嫌な予感がよぎって、ユーリが二人の会話を止めようと手を上げた瞬間くるりと此方を振り向く緑碧二人分。

「じゃあちょっと今から部屋に帰るけど、お前らあんまり喧嘩すんなよ」
「……え、おいルーク」
「なんだこの二人仲悪いのか? グラニデだと結構一緒に組んでるの見るけど」
「そうなのか、しょっちゅう喧嘩してるけどやっぱ本当は気性とか合ってんのかもな。ところでお前ってどのくらいこっちに居るんだ、ずっとじゃないだろ?」
「あれ、ルーク私達別に全然合ってませんよ!? というかグラニデのルークは私が連れて来たんですが……」
「そうだなーグラニデも今復興真っ最中だから、あんまりこっち居れないのは確かかな。まぁ折角来てるんだから土産話は欲しいし、暫くこっちのルーク借りれるなら助かるよ」
「ちょ、ちょっと待てルーク! オレはミアリヒに面倒掛けられてるだけだぞ!?」
「責任転嫁止めてくださーい、私は恋の挑戦者としてごく自然な行動を取ってるだけです!」
「っていうかこっちのアッシュにも会ってけよ」
「あーそれもいいな」




 ユーリとミアリヒの悲痛な声を軽く無視して、二人のルークは和気藹々とエントランスから廊下へと消えた。後に残された二人の後ろに、見えないタービュランスが吹き荒ぶ。
 呆然とするユーリと、わなわなと震えるミアリヒ。その様は誰が見ても哀れで、一部始終を見ていたアンジュがアーメンと言いながら十字を切った。

「おかしい……本来は私が二人のルークに囲まれてウハウハだった筈なのに……!」
「なんでこっちのルークも混ざってんだよ、勝手にお前のにすんな。……ってかオレってとんだとばっちりじゃねーの」
「……こうなったら、パスカの所のルークも呼ぶしか……!」
「止めろ、同じ未来しか見えないだろうが! ……お前いい加減にしろよなマジで」

 正当な怒りを発動させたユーリに、八つ当たり気味に逆切れするミアリヒ。ついさっきルークに釘を差されたにもかかわらず早速喧嘩を始めた二人に、ギルドリーダーから纏めて制裁が下ったのは言うまでもないだろう。



めでたくなしめでたくなし







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