ディセンダーのルークパンツ盗難事件!犯人を捕まえてそのお礼に付き合ってもらっちゃうぞ☆大作戦








「ルーク、大変です」

 自動ドアが開くよりも急いでゴギギと強引にミアリヒが部屋に入ると、ベッドの上でユーリがルークを押し倒していた。白い上着はボタンが外され黒のインナーに不埒な手が入り込んでいる。ミアリヒはその現場を見てレディアントドライブを発動させたが、瞬間でルークの拳がユーリの無防備な顎にヒットしたので術技を発動する隙が無かった。華麗な拳だった。しょうがないのでしばらくキラキラ光るのを我慢する事にする。

「な、なんなんだよいきなりテメーは! ノックかベルくらいしやがれっ」
「そうだぞ、というかロック掛けてたはずなんだけどどうやって入って来たんだ」
「何時の間に!?」

 怒鳴って誤魔化しているが頬の赤みは簡単には落ち着いてくれない。後もう少し遅ければ一体どんな事になっていたのやら、ミアリヒはカッスカスの想像力で取り敢えずユーリを埋めよう、そう決意して盗賊の短剣を握る。殺気に反応したのだろう、ユーリもベッド傍の剣を取り嬉々として鞘を抜こうとし……ルークに後頭部を殴られた。ふたりの取り扱いもかなり手慣れてきて、だんだんと処理班すら呼ばなくなってきたのは少し寂しいかもしれない。ミアリヒはルークの慌てる顔が結構に好きである、本人の迷惑は無視して。

「バンエルティア号のロックなんて盗賊である私の手にかかれば銅の採掘より楽勝です。電子キーでも私ほら、ディセンダーですから信用だけは溢れる程ありますので」
「こいつもう一回世界樹に送り返した方がいいんじゃないのか」
「その時はユーリも道連れにしてあげます」
「喧嘩腰で会話すんなっつの、それよりなんなんだよ一体……」
「ええはい、ユーリの暴虐を阻止出来た満足感で危うく忘れそうになる所でした。私ってばうっかりさん」
「ドジっ子アピールしても可愛くねーから」

 疲れた顔で適当に扱うルークの様子に、もう先程の空気は無い。これで最低限ユーリとの良い雰囲気はぶち壊してやったので、それだけでミアリヒはご機嫌になる。迫力のこもった剣呑な視線がビシバシ刺さるが、その程度ラザリスの牙よりも可愛いものだ。
 ミアリヒはふたりを邪魔するように割り込んでベッドにダイブし、甘えた仕草でルークにしなだれ足ではユーリを蹴った。今の職業が戦士ならば硬い足甲でダメージを与えられたものを、残念ながら皮の靴で足型を付けるだけ。

「大変なんです一大事です、私今朝洗濯当番のお手伝いでナタリアと一緒に甲板の物干し台に干してたんですね、その時ルークのぱんつを見つけて、あ、欲しいなって思ったんですけど我慢したんですよ褒めてください。頑張って我慢して名前を書くだけにしておきました」
「お前そーいう事冷静な顔で言うの止めろよ!」
「おい、色々ツッコミ所が多いんだがなんでそれがルークのパンツだって分かったんだ?」
「え、だって丁寧な刺繍で名前が入ってましたよ。ナタリアはガイの刺繍は何時見ても綺麗ですわねって褒めてました」
「ガイイイイイッ! なんでもかんでも名前入れるのほんっと止めろって言ってるのにぃいいいっ!」
「爽やかな水色と白のストライプ柄でした。それで私、さっき乾いたかなって思って見に行ったら……無くなってたんですよルークの縞パンが。ルークの縞パンが」
「2回言うな!」
「下着泥棒なんて万死に値するってナナリーが言ってました。だからルーク、この大犯罪を解決したらユーリと別れて私と結婚を前提にお付き合いしましょう」
「お前最近話の終わりを絶対そこに持って行くよな?」

 大きくない声を張り上げて大層な事件だとミアリヒは主張するが、相変わらず曲がらない眉と動かない表情筋がシュールだ。顔だけ見れば真面目に見えるので、内容さえ気にしなければ正義感溢れる雰囲気だった。ルークはツッコミ疲れて少し呆れている。そして溜め息と共に、ごくどうでも良さそうにどうでも良い旨を返事した。

「別にパンツくらいどうでもいーっつの、また新しいの買えばいいんだし」
「無くなったらすぐ新しいのを買うって意見はどうかと思うぜ?」
「良い事言いますねユーリのくせに。そうですよルーク、なんでも代わりがあると思ってはいけないと思います」
「え……なんで俺が責められる感じになってんだよ」

 ルークの身分的に当然の反応をしたまでだが、この場に居たのが下町での所帯染みた節約生活を過ごしてきたユーリだったのがいけない。モッタイナイ精神を持ちだされ、ギルドリーダーが掲げる清貧根性を叩き直される事になったルークは納得がいかないが、間にルークを挟みさえしなければ案外気の合うユーリとミアリヒに両側から担がれ部屋を出る事になった。
 以前グラニデルークが言っていたように、もしかしたらふたりはルークを取り合う遊びをしているんじゃ……と疑惑の蓋が持ち上がりそうになる。ずるずる足を引き摺られ、一応言葉にはしないがふたりのパンツ談義を挟まれて聞かされる身としては、やはり疑いは捨てきれないのであった。

 犯人探しの始めとして、まず最初に訪れたのは隣の部屋。今日の洗濯当番であり、ルークの縞パンを干したナタリアとアニスの元へ証言を求めたのだ。だがタイミングが良いのか悪いのか、両名とも依頼に出ており現在部屋には書類を読んでいるアッシュと机に向かっているジェイドだけ。ミアリヒは滅多な事では歪まない口角を歪めて濁った悲鳴を上げる。

「なんだかこのふたりだとゆっくり出来ない雰囲気がプンプンします」
「同感。同室のアニスはよく平気だな」
「そーか? アッシュは案外気が利くぜ、ナタリアにだけだけど。ジェイドの場合は裏があるだけだし」
「突然入って来ていきなり文句を付けるたぁいい度胸だ屑共が、切って捨ててやるからそこに並べ」
「貴方達3人が揃っている時は私としても近付きたくありませんねぇ」

 ジェイドが真っ当な意見を口にするが、そこに自分が含まれている事だけは納得がいかないルークは秘奥義失敗してアフロになれ、と呪いをかけた。後日呪い返しでルークの髪がアフロになったが、その件は今回とは別件である。
 挨拶として武器を持ち出すのが共通認識となりつつあるが、部屋を汚すとナタリアとアニスが怒るという一言で互いに剣を収めた。そしてミアリヒがルークの縞パン盗難事件を説明すれば、アッシュの眉間はますます皺だらけになる。

「ハン、こいつの下着なんて盗むような馬鹿が居るとはな……くだらん!」
「盗まれたのがナタリアの下着だったら?」
「地の果てまで追いかけて土下座のし過ぎで身長縮めてやる!」
「同じテンションで叫ぶもんだから誤魔化せてないぞ」
「アッシュのツンデレは今に始まった事ではありませんので。それよりも盗まれたのはルークの物だけなのですね?」
「ええ、他にジュディスやティアやミントやプレセアの下着があったにも関わらずルークの縞パンだけが無くなっていました」
「なんで女物と一緒に洗濯して一緒に干すんだよ止めろよ、マジで止めろよ!!」

 今日一番に赤面してルークは怒鳴った。でも洗濯したのはナタリアですし、との答えにやり場の無い怒りが憤る。いくら様々な年齢が集まる共同生活と言えど、その大半は思春期なのだからもう少し考慮してくれても良いのに! と叫ぶ。だが本来最も気にしてもらいたい女性陣側が気にしないというか広すぎる心でスルーなので、自然と立場が下になる男性側からの訴えなど無意味なものであった。気にする思春期少年達は個人で洗濯をしているのだが、ルークがその考えに至らないのは個人観によるものなのでどうしようもない。
 そしてその縞パン盗難事件にジェイドが思った以上に食い付く。良いオモチャを手に入れました、と口にしてくれれば誰もが道を譲りそうな良い笑顔である。実際アッシュとルークは髪を逆立てて後ずさった。

「という事は犯人はその下着の持ち主を知っていて、狙って持ち去ったという事ですね」
「なぁ、先に聞いとくけど犯人はガイじゃないだろうな?」
「なんでガイが俺のパンツ盗むんだよ」
「そうだぞ、あいつはその気になればこいつのどんな私物でも盗めるんだから今更パンツ程度盗む訳が無いだろうが」
「盗めないのは本人のハートだけですね、うふふ」
「ハッハッハ、それ是非ガイに直接言ってみてください」
「もはや私物化じゃねーか……」

 一瞬のほほんとした空気になるが、この場にガイが居なくて良かったと胸を撫で下ろしたのは残念な事にユーリだけだった。以前廊下を焦がしてとばっちりに一週間膝歩きの命を下されたのはあの場に居た全員なはずなのに、誰も覚えていないのだろうかと疑う。
 しかしルークの下着を狙った、と推理してアッシュの険しい額がますます険しくなる。右手に剣を握りしめ今にも襲いかかって来そうである。夜道に居れば確実に悲鳴を上げられるだろう。

「それにしてもこの屑の持ち物を狙うとは……もしや呪術か何かに使うつもりか?」
「ほう、そうなるとライマの敵国の可能性が出てきますね」
「んだよ、敵国ってどっかあったっけ?」
「そうですねぇ、今の所行動に移しそうな国はいませんが……何か対策は講じておいた方がいいかもしれません」
「とりあえず犯人をとっ捕まえてみりゃ話は早そうだな」
「フン、小国だと見くびってうろつくコバエ共の処理は久しぶりだ、敵のスパイなら拷問に掛けてやる」
「つかぬ事をお聞きしますがもし敵国の仕業ではないと分かればアッシュは許すんでしょうか」
「あの屑の持ち物を狙うようなただの物好きなら……泣いたり笑ったり出来なくしてやる!」
「それって洗脳という名の拷問じゃありません?」

 結局一番ヒートアップしたのはアッシュになり、ミアリヒは汗をダラダラ垂らしてあーとかうーとか、一番最初にこの船に来た時のような記憶喪失のフリをし始めた。それをジェイドはニヤニヤと背後から笑っている。そんな全体図を見て何となく展開を察したユーリは、さっさと抜け出せないだろうかと隙を窺うのであった。


 さてとりあえず、問題はどうやって犯人を捕まえるか。男の下着を盗まれたとして、精神と金銭攻撃にしかならないがそのどちらもルークにとっては痛くも痒くも無い。だが空の孤島でもあるバンエルティア号としては防犯上の穴があるならば放っておく事は出来ない、ギルドリーダーアンジュの笑顔の命令により、ディセンダーミアリヒに「ルークのパンツ盗難事件」の解決が発令された。
 本人目の前、思春期の少年が自分のパンツを盗まれて人通りの多いエントランスで縞パン縞パンと連呼される心の痛みを慰めてくれるのは、幸か不幸かその場には己の恋人しか居なかった。だがその瞳がどちらかと言えば他人事みたいに哀れんでいたので、後でもう一発殴っておこうとルークは決意する。

「俺のパンツって枕詞付けんの止めてくんねーかな……」

 犯行現場である甲板の一角、日々メンバーの大量の洗濯物を干している物干し台が並ぶ場所に皆は訪れた。問題の洗濯物達はルークの縞パンだけを除け者に、今だパタパタと元気に空を泳いでいる。堂々と色とりどりの女性物の下着も混ざっており、アッシュが頑なに瞼を閉じ蹴躓いてジェイドに慈愛の瞳を注がれていた。そしてルークはこの中に混ざって自分の下着がはためいている想像をして、背中を向けて隅っこで三角座りを。
 甚大なダメージを受けてかなりやる気を失っている被害者だが、それよりももっとやる気が無くなっている人物が居る。それは話を持ってきたはずのディセンダーミアリヒだ。パンツパンツと一番叫んでいたのに、今やすっかりナイフでジャグリングをして遊んでいる始末。やる気の無い者同士でルークがそれを死んだ魚の目で喜ぶものだから、そのまま大道芸でも始まりそうだったがアッシュの的確かつ無慈悲な裂破衝で幕は閉じた。
 刺すような視線が突き刺されば言い訳を、ブーブーと豚のように鳴き唇を尖らせ足元のゴミを蹴っては謎のアピールをしている。ルークの方をチラチラと見てウインクをするのでアッシュは詠唱を始めた。

「もうなーんかー、どうでもいいって言うかー。犯人探しなんて不毛じゃありません? ルークだって別にどうでも良いって言ってますし。過去の事件なんて記憶の彼方に消去して未来を見つめましょうよ。何時までも過去に囚われては黒歴史ばっかりになっちゃいます」
「お前さーそれ地雷踏むから他の黒歴史持ってそうな奴の前では言うなよ。誰の前とは言わないけど」
「生まれて1年ちょっとのディセンダーが言っても説得力が全くありませんね」
「おい、ハロルドから薬を貰って来たぜ。これで良いんだろ」

 使いっ走りを頼まれたユーリが戻り、手には怪しい無色透明な液体が入った三角フラスコ。蓋のコルク栓には開封厳禁のシールがぴったりと貼られており、メモを渡しただけのユーリは一体何の薬だろうかいっそ捨てた方が世の為ではないだろうか、と僅か迷わせた。手渡せば反応したのはミアリヒで、動かない表情筋で緊迫感を漂わせている。

「あの、もしかしてそれ自白剤ですか。それとも飲んだら人間辞めちゃう系のお薬ですか」
「そういった薬は貰うまでもありませんよ。これはこうするんです」

 地味に怖い事を言うジェイドは、何の躊躇いも無く蓋を開け物干し台の周囲に振りまいた。すると不思議な事に、透明だった液体はみるみるうちに濁り固まって膜を張り、何やら大量の足型を浮かび上がらせたではないか。

「わ、何だこれ」
「床の埃を固めて足跡を表面化させる薬です。盗まれたのは今日の事、雨風も無く現場は新鮮な状態ですので……ほら、くっきり浮かび上がってきた足跡が今日ここに近付いた人間の足ですよ」

 そうは言うが、洗濯物は雨が降っていなければ毎日行っている。その殆どが物干し台周囲に集中しており、扉に向かって行きと帰りの足跡ばかり。不審な方向や怪しい足跡なんてものは、少なくとも初めて見る人間には全く判断が付かない。ルークが面白そうにキョロキョロと見渡すが、すぐに諦めてギブアップした。

「ちっと多すぎて分かんねーぞこれ」
「一番上の足跡だけ見ればいいんです、これだけでも情報が山のようにありますよ。どれもが扉から来て扉へ帰っている、という事は外部犯の可能性は薄いでしょう。そして争った形跡も無いという事は顔見知り、つまりアドリビトムメンバーです」
「顔見知りならば傭兵という可能性もあるだろう」
「洗濯物を干した時点ではまだルークの縞々パンツはあった。取り込むのは今日の当番であるナタリアとアニスが帰って来てからです、つまり他の物はまだ全てここにあるという事ですね。少し質問しますが、何故ディセンダーはこの中でルークの下着だけが無いと分かったのですか?」
「愛の力です」
「そうですか、ありがとうございます」
「愛の力です!」
「ありがとうございますもう結構です。では午前中に干してディセンダーが見つけるまでの……大体3時間前後ですかね、現在雇っている傭兵はもっと朝から依頼に出ていますのでシロ、という事です」
「なんかジェイドの奴、無駄にイキイキしてるんだが」
「人の弱点を探しだして突くのが得意な奴だからな」
「それって人としてかなり問題あるって意味じゃないのか」
「性格は最悪だが軍人としては有能だから問題無い」
「それ褒めてませんよね」

 集まっている人間の中で一番騒ぎ出しそうにない人間が一番嬉々として探偵役を買っている違和感に、特にジェイドという人物を知るファブレ双子は顔を顰める。解説や説明はガイの役回りであるが、現在はタイミング悪く……いや良いのだろうか、買い物に出掛けており不在だった。かと言ってでは自分で丁寧に解説など、とはいかないのがジェイドたる所以なはず。

「さてそれでは、足跡の中で一番上にあるのは3足。この小さな靴跡はアニスの物ですね、軍部支給の物と同じですのですぐ分かります。そして残りのふたつ、どちらかがナタリアの物ですが……誰か推理で当てられますか?」
「こんなモンわっかんねーよ!」
「オレも頭使うのは専門外だな」
「もう少し頭を使え馬鹿共が。こっちの歩幅が等間隔の方がナタリアだ」
「うわ、兄弟の婚約者の足跡まで判別出来るって正直引きます」
「足音で屑だけを見分ける貴様と一緒にするな! ナタリアは姿勢や歩き方も城で教育を受けてんだよ!」
「あっなんですその言い方、喧嘩ですか? 喧嘩でしたら買いますよ10万ガルド出すのでルークとの結婚を認めてください義弟アッシュ」
「誰が義弟だクソがあああっ!!」
「でも確かにナタリアはドレス着て人前に出るから歩き方綺麗なんだぜ、背中を曲げるなって俺にもうるせーけど」
「ルークはその猫背直した方が良いぞ、身長が伸びる」
「えっマジで、マジで? マジで!」
「待て聞き捨てならんぞ姿勢が良いだけで身長が伸びるなら今頃俺は190センチでなければおかしいだろうが!」
「いやその理屈はおかしい」
「現場で暴れないでください、インディグられたいのでしたら別ですが」

 不穏な単語を使い一言で場を鎮めたジェイドはコホンと咳をし、残りの解説を満足気にし始める。どうやら案外気に入ったらしい。

「という事は残りのひとつが犯人、という事ですね。この足跡を追えば犯人が分かりますよ」
「船内の奴が犯人か……なんでまたルークのパンツを盗ったんだか」
「下着を盗むというその根性が気に入らん、性根が腐ってやがる」
「犯人を捕まえましたら是非私にも一報よろしくお願いします。丁度新薬が完成した所でしたので」
「中途半端に濁す内容が余計に怖いです。仲間が犯人ならもっと穏便に……慈悲駄々漏れる感じでいきましょうよ家族じゃないですかファミリーマイブラザー」
「とりあえずさっさと捕まえちまおう、供述はそれからだな」

 薬品を掛けて足跡を辿り船内に入っていけば、歩いて歩いて、船倉下の個室の前で途切れていた。ここは傭兵や依頼で夜に出入りする者、ゲストが泊まる個室が集められている階である。その管理はリーダーであるアンジュであり、無断使用は基本的に無い。なので当然、そのドアプレートには綺麗な文字で使用者の名前が書かれていた。そこにははっきりと……ミアリヒ、と。
 ほぼ展開が読めていたジェイドとユーリは哀れみの、アッシュは沸騰したように鬼怒溢れる視線で剣の柄に手を掛け、ルークは胡乱な瞳で見つめた。
 しかし何時も通り彼女の表情は全く動じず、眉はぴしゃんと真っ直ぐだし眠そうな半眼もそのままで、唇も普段と同じようにへの字のまま。とてもじゃないが自作自演がバレた犯人の態度ではない。気弱な人間が相手ならばもしかしたら自分の方が間違っているのではないのか、と思ってしまいそうな程堂々としている。そんなミアリヒは冷静な顔で、ごく真面目に逆ギレした。

「ええそうですよ、私が犯人ですが何か? だって私言いましたよね、欲しいなって思ったって。その時は確かに我慢しました、30分前までは確かに私の心はオリハルコンよりも強固でした間違いなく。でも知ってます? 鍛冶屋であるポッポの手にかかればいとも簡単にただの強化素材になるんですよ凄いですよね。武器や盾なら分かりますけどサンダルとかにどうやってくっつけてるんでしょう気になります。つまり大空に泳ぐルークの縞パンは強化素材だった訳でメイン素材である私の手が抗える道理なんて無かったのです」
「つまり一言で言うと?」
「ぱんつ欲しかった」
「……二言で言うと?」
「すっごいぱんつ欲しかった」
「よし首を差し出せ貴様ああああっ!」
「なんですか、いいじゃないですかぱんつくらい! ルークはちっとも私に構ってくれないんですからせめてぱんつくらい欲しいって思って何が悪いんですかーっ!?」
「窃盗は立派に犯罪ですよ」
「違いますぅーこれは手が勝手に引き寄せられただけであって、私にとっての自然現象なんですぅー! 貴方嵐や台風に文句言うんですか? 火山に向かってふざけんなーとか言っちゃう人なんですか!?」
「お前自然現象じゃないだろうがっ!?」
「ええそうですよ私ディセンダーですよ、でもディセンダーだってヒトなんですよ潤いってのが必要なんです! 大体今まで世界の為に一生懸命働いてきた私にも何かご褒美があってしかるべきだと思うんですそれとも何ですか貴方達私はただただ世界の歯車として永遠に働けって言うんですかーっ!? 鬼、悪魔、アンジュ! あっすいません最後のは無かった事にしてくださいお願いします」

 初めて聞いた音量でミアリヒが曲がっていない眉のまま盛大に逆ギレしている。その必死さを見れば情状酌量の余地があるのではないかと、人に同情の念を湧かせる勢いだった。弁論内容さえもう少しまともであるならば、だが。微妙に正論が混ざっており確かに彼女の日頃を考えれば少しくらい、潤いが必要であると言うのならば与えても良いと思わせる。その目的がパンツでなければ、の一言に尽きるのだが。
 当然アッシュは余計に怒り狂い剣を引き抜き、問答無用で斬りかかる。ミアリヒはすぐに戦闘態勢に入り短剣で受け止め、甲高い金属音で交戦し始めた。ルークはもうそんなに欲しいなら持っていけば良い、どうせ自分は最初からどうでも良かったのに。そう言ってやる隙間も見えない。戦闘に参加しない、読めていた側のジェイドとユーリは今回の件を冷静に評価採点している。

「考えてみれば1から始めたというのにたった1年で感情による暴走・正論・正論を利用した悪事の弁明を使えるようになったというのは、目を見張る成長だと思いますよ」
「もーちっと悪知恵が付けば完璧だな。事件の落とし所を考えてないのは致命的だろ」
「私ならばそうですね、ネズミが入り込んで持って行ってしまった……というシナリオにします。おとりのパンツを用意すれば、ここの人間ならば大体は納得するでしょう」
「ジェイドが言うとマジでこえーからその手慣れた発言は止めろっての!」

 またも狭い廊下でガギンゴギンと、鉄の壁が削れる音が響く。戦闘の状況は身軽な盗賊のミアリヒが有利なように見えるが、怒りのパワーで振り回すアッシュの剣と魔法に一撃でも当たればそのまま勝敗を握られそうでもある。
 珍しく声を張り上げてミアリヒは興奮を表に出し、いや怒りなのかもしれない、雄弁に激情を形にした。その内容は全くもってアレだが、その内容さえ聞かなければ正義の象徴にも見えるのは彼女が世界樹から遣わされた輝けるディセンダーだからだろう。内容はアレだが。

「私はルークに恋して成長したんです! 心が手に入らないならせめて体だけでも、とそんなささやかないじらしい乙女心なんです!」
「乙女心って言えば見逃してもらえると思っているのか貴様ぁ!」
「乙女心は何よりも強くて万能なんです! 勝手に家に入ったり勝手に婚約届け出してもラストを迎えれば許されるってアニーに借りた恋愛小説に書いてました!」
「やぁ最近の恋愛小説とはすごいんですね。ちょっと読んでみたくなりましたよ」
「ラストどころか貴様はスタートにすら立ってないだろうが屑があああっ!」
「あーなんですその言い方、まるで自分はルークルートを走ってるみたいな言い方じゃないですか、ただのヘタレブラコンのくせに!」
「誰がヘタレブラコンだ貴様もう許せん! いい加減その図々しい振る舞いには頭に来てるんだよ、表に出やがれ!」
「いいですよぉハメループでアッシュを変なポーズのまま彫像にして差し上げます! 昔ルークと一緒にお風呂に入ったって話、私まだ許してませんから!」

 文字通り醜い喧嘩をしながらエントランスに上がり、剣を合わせながらふたりは甲板に出て行く。アンジュが額を押さえながらも何も注意を飛ばさなかったので、おそらく後でとっておきのお仕置きが降りかかるのだろう。
 そして入れ違いに、大きな紙袋を持ったガイが帰ってきた。喧嘩という名の罵り合いを驚きの目で見送り、微妙な空気になっているエントランスに困惑している。

「どうしたんだみんな集まって。お出迎えって感じじゃなさそうだけど……」
「あ、そうだガイ! お前俺の物に名前入れるの止めろよ!」
「ええ、何言ってるんだ。自分の持ち物にはちゃんと名前入れなきゃ駄目だろ?」
「うーん、実に正論ですね」
「一体何があったんだ?」

 どうせその内分かる事だ、ガイに今回の悲しい事件の顛末を簡単に説明した。説明と言っても、ディセンダーがルークのパンツを盗んだというお粗末なものだが。しかしそれを聞いたガイは予想外にピクリと表情を険しくさせ、大いに反応を返す。

「なんだって、せっかく俺がルークの為に選んで買ったばっかりのストライプボクサーパンツを!」
「いちいち長ったらしく言わなくていいっつーの!」
「……ガイが選んだのかよ」
「本人がものぐさなもので、基本的にルークの持ち物は日記以外ガイが管理してますからねぇ」
「まだ使ってない物をやる訳にいかないな……ちょっと取り返してくる!」

 買い物袋をユーリに渡し、ガイは剣を握って甲板へ出て行ってしまった。その背中には殺気のような揺らめきが立ち上っている錯覚が見える。数分後、剣と魔法の争いがますます激しくなったのは幻聴では無いらしい。アンジュは溜め息を深く、3人全員タダ働き……と恐ろしい呟きが聞こえてきたが、その場に残った者は皆一様に庇うつもりもなく口出しする事は無かった。

「それにしても未使用のパンツひとつであそこまで熱くなれるのはすげーな」
「乙女心って言ってましたけど、ディセンダーは性別も変更出来ましたよね。その場合どうなるんでしょう」
「知らねー、考えたくもねーよ」
「……ルーク、今度オレが選んだパンツ履いてくれ。黒いやつ」
「ぜってーやだ」




めでたくなしめでたくなし






  


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